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第5話
遥希の様子がおかしいと気付いたのは、それから一週間程経った頃だった。
最近遥希らしくない小さなミスが増えていた。
「天野ー」
その日もチェックした書類に目を通していると、遥希の作成した書類のミスを発見した。就業中の態度を見ても、終始集中していないようにも見えた。
「あ、はい」
呼ばれた遥希は瑛士のデスクの前に来ると、
「ここ、取り引き先間違ってるぞ」
「す、すいません……!すぐ、直します」
焦ったように書類を受け取り、自分のデスクに戻ろうとした遥希を呼び止めた。
「天野、どうした?最近、らしくないミスが多いぞ」
「……すいません。気を付けます」
「何か悩みか?」
「いえ……大丈夫です」
大丈夫……。
そんな言葉が出ると言うことは何か悩みがあるというように思えた。
「俺はそんなに頼りないか?」
瑛士のその言葉に遥希はハッとしたような顔をした。
「そんな……」
「今日、夜空いてるか?」
「え?あ、はい……」
「飲み行くから空けとけ」
少し強引な気もしたが、こちらから歩み寄らない限り遥希は一人で抱え込んでしまうだろう。
会社が終わると、会社から程近い居酒屋に入った。少し残業になってしまった瑛士は先に遥希を店に向かわせており、足早に店に向かった。居酒屋に入ろうとした時、店の入り口に太ったスーツ姿の男が、中の様子を伺うように店を覗き込んでいた。
(あれは……確か営業の……)
顔はなんとなく、見覚えはあったが名前は出てこなかった。
男は瑛士の姿を見ると、焦ったように走り去って行った。
「悪い、部長に捕まった」
奥のテーブルにいた遥希に声をかけ、目の前に腰を下ろした。
「お疲れ様です」
「なんだ、先に飲んでれば良かったのに」
「いえ、何飲みますか?」
そう言ってメニューを差し出した。
「とりあえずビールだな」
店員を呼び、ビールを二つ注文する。
少しの間、たわいもない話しをすると、
「で?何があったんだ?」
そう切り出した途端、遥希は目を伏せた。
「最近……付けられてるみたいで……」
そう言って体を震わせた。
「何それ?ストーカー?」
「最初は自意識過剰かとも思ったんですけど、この前うちのポストにこれが入ってて……」
遥希は脇に置いてある鞄から何やら取り出すと、瑛士に見せた。それは、遥希が写っている写真だった。
写っているのはアパートのベランダ。カーテンの隙間から遥希が着替えをしているのか、上半身裸だった。
「うわっ……盗撮かよ」
思わず瑛士は顔をしかめた。
「アパートのドアノブにたまにプレゼント紛いの物がぶら下がってたり、無言電話が続いたり……」
「警察に言わないのか?」
そう言うと遥希は首を振った。
「立派な犯罪だぞ、これ。てか、アパート引っ越せよ。家バレてんじゃん」
「そんなお金ないですよ……大ごとにして、会社にバレたくないんです。この前の件もあったし……」
この前の件とは、例の遥希を巡るいざこざの事だろう。
「やってる奴は分かってるのか?」
「多分……営業の小竹さんだと」
小竹……その名前を聞いてハッとした。
「そういや、さっき店の入り口にいたぞ、その小竹」
遥希はその言葉に明らかに怯えた目をした。
「営業じゃ、あまり接点ないだろ。なんか接触したのか?」
「前に、領収書の申請で不明なのがあって、それで訪ねたんです。その後、何回か領収書の申請の仕方の間違いが続いて……それで少し話しただけです」
「それで惚れられちまった?」
瑛士はタバコに火を点けると、その短絡的な感情に呆れた。
「わかりません……」
お互いの空になったビールに目を落とすと、瑛士は追加のビールを注文した。
「俺、営業課長に言ってやろうか?」
そこでも大きく首を横に振った。
「だって、おまえ……これ犯罪だぞ」
盗撮された写真を指差した。
「俺は男だし、自分の身は自分で守ります」
「そんな細っこい体で、自分の身なんて守れるのかよ」
呆れた声が瑛士から漏れた。
「何かあったら絶対俺に言えよ?一人で抱え込むな」
遥希は瑛士の言葉が嬉しかったのか、歯に噛んだようにフワリと綺麗な笑みを浮かべた。
その顔に瑛士ですら、ドキッと心臓が鳴った。
(多分、こういう所が勘違いさせるんだろうな……)
瑛士は誤魔化すようにビールに口を付けた。
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