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第6話
「あのさ、聞いていいか?例の話し」
ビールを傾けている遥希に尋ねた。
「例の……話しですか?」
遥希は歯切れ悪く言った。
「天野は……所謂、ゲイってやつなの?」
瑛士のその質問に遥希は顔を真っ赤している。
「ち、違いますよ!俺は女性としか付き合った事ありません!」
かなりムキになって否定している所を見ると、それは本当のようだった。
「あー悪い悪い……そう怒るなよ」
「確かに見た目がこんなですから、誤解される事はありますけど……」
目を伏せた仕草が色っぽく見えた。
フッと一つ溜め息を吐くと、遥希は話し始めた。
「相手は、企画部の須永と経理の押尾さんでした。押尾さんは俺の入社時の教育係りで、俺を可愛がってくれてました。俺も押尾さんの事はいい先輩だと思ってて、たまに飲みに行ったりもしてて。ある日、好きだって言われたんです。男同士だし、まさかそういう意味での好きだと思わなくて、俺も好きですよ、って言っちゃったんです」
「それを押尾が誤解した?」
コクリと遥希は頷き、
「俺も悪いんです。もう一言、先輩としてって言えば良かったのに、言葉足りなくて……」
そう言ってジョッキに滴る雫を見つめている。瑛士はタバコに火を点け、遥希の話の続きを待った。
「企画部の須永は同期で顔を合わせばたまに話しをしてました。よく覚えてないんですけど……思い当たる節があるとすれば、飲み会で隣になった時、須永のそういう所、好きだな、って言った事がキッカケかと」
言う人間によって、言葉というのはこれほどまでに誤解を招くのだと知った。
「会議室で二人が取っ組み合いの喧嘩をしたと後から聞きました。《天野に手を出すな》ってお互いに言ってたと。その後、俺を含めた三人と部長で話しして……結局、俺の言った事を二人が誤解したとわかりました。そのせいで二人は遠方の支社に飛ばされてしまって……悪い事をしてしまったって思います」
遥希の纏う空気が酷く薄いような気がして、消えてしまうのではないかと瑛士は思った。
「なるほどね……」
フーッとタバコを吐くと、考えを巡らせた。
「好き……って言葉は確かに幅広いよな。それに、言う人によって都合良く解釈が変わっちまう」
遥希は鞄から一枚の写真を取り出した。瑛士は覗き込むように見ると、そこには眼鏡をかけた太った少年が学生服姿で写っていた。
「誰これ?」
「俺です」
瑛士はあまりの衝撃に言葉が出ず、写真の少年と目の前遥希を何度も見比べた。
「俺、高校まで凄く太ってて、そのせいでいじめられてて、友達とかいなかったんです。高校を卒業を期にダイエットして、30キロ落としました」
「マジ⁈」
「変わろうと思って……」
そう言うと照れたように、遥希は頬を朱色に染める。
「ダイエット成功して大学入ったら、友達ができたんです。彼女もいた時期もありました。初めて友達ができて、普通に人と話せる事がとても嬉しかったです。特に、凄いなとかいい奴だよな、って言われると嬉しくて、だから他の人にもそう言うと喜んでくれるんだと思って、相手のいい所見つけて言うようにしてたんです。好きって言ってしまったのは大学のノリの延長で、軽々しく言うものではなかったと、今は反省してます」
遥希はそこまで話すと、ビールを一気に飲み干した。
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