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第8話
店を出ると二人は駅に向かって歩き出した。
「おまえ家どこ?」
「そこです」
そう言って一棟のアパートを指差した。
「ちかっ!この辺結構高くないか?」
「電車乗りたくないんで」
「なんで?」
そう尋ねると、遥希は目を伏せた。
「何度か……痴漢にあって……」
(あらー)
顔がいいからと言って、得するばかりでもなく意外に生きづらいものなんだと思った。
ふと、瑛士は後ろに気配を感じた。
「送ってってやるよ」
その言葉に遥希が明らかにホッとしているのがわかった。
三階建ての一階、一番手前の部屋が遥希の部屋だと言う。
「なぁ、泊めて」
「え⁉︎」
「明日土曜日だけど、少し会社行かないと行けないんだよ。ここからなら楽だし」
「まぁ、いいですけど……狭いですよ?」
「やったー、助かる」
瑛士は遥希の部屋に意気揚々と入る。
扉を閉めると、
「小竹がいた」
そう言うと、遥希の顔が青ざめた。遥希は小刻みに震えている。その姿に瑛士は堪らず遥希を抱きしめていた。
「大丈夫だ」
遥希は抵抗する事もなく、瑛士の胸に顔を埋めている。ポンポンと背中を軽く叩くと、遥希が顔を上げた。涙を浮かべたその目が酷く色っぽく見えて、瑛士は無意識に唇を遥希の唇に寄せていた。遥希は一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には目を閉じていた。
唇が軽く触れた瞬間、瑛士はハッとして遥希の体を自分から離した。
「あっと……悪い……」
「い、いえ……」
二人は気まずくなり、その場に立ち尽くした。
「上がって下さい」
「あーうん。お邪魔します」
本当は帰った方が良かったのかもしれない。だが、小竹が近くにいると分かっては遥希の身が心配だった。
「ビール飲みますか?」
玄関を上がるとリビングに通される。1Kのその部屋はベットとテレビ、テーブルがあるだけのシンプルな部屋だった。
「飲む飲む」
「適当に座って下さい」
「何もねえなー」
不躾とは思いつつ部屋を見渡す。
「エロ本なんか置いてたら、すぐ見つかりそうだな」
「元々ないですから」
ベットに座るのは何となく躊躇われ、床に腰を下ろすとベットを背もたれ代わりにした。テーブルに缶ビールが置かれると早速プルタブを開け一口飲む。遥希は瑛士の横に置いてあるスーツのジャケットを手に取るとハンガーに掛けてくれた。テレビを付けると瑛士の横に腰を下ろした。
(なんか俺、緊張してる……)
先程のキス未遂のせいで、瑛士は遥希の距離の近さに落ち着かなくなる。
「いいなぁ、ここからだと会社が楽で」
「柴田課長の家ってどこですか?」
「ここから3駅先」
「地味に遠いですね」
「俺もここに住まわせてよ」
「狭いんで嫌です」
何とか先程の空気をうち消そうと、瑛士は必死に話し続けた。
「小竹の件だけど……ハッキリした意思表示しないとダメだぞ」
「意思表示……ですか?」
「そうだよ。このままだと本当におまえ危ないぞ。これ以上付き纏うと警察に言うぞって言ってやれ」
「でも……」
「なんで躊躇うんだよ。ストーカー相手にまで傷つけたくないとか思うのかよ」
遥希のハッキリしない態度に思わずイラつき声を荒げてしまった。
「天野は確かに優しいと思うよ。だけど、意思表示をしっかり示さないおまえは少しイラつくよ」
遥希は泣きそうな顔を瑛士に向けている。
「あー、悪い……」
そう言って瑛士は目線を上に上げ、頭を掻いた。
「でも、ちゃんと嫌なんだって事、迷惑している事分からせないと、小竹の為にもならないぞ。これ以上エスカレートさせない為にも、小竹のストーカー行為辞めさせないと。また同じ事、繰り返すぞ」
遥希は俯き黙っている。
「そうですよね……今度小竹さんと話してみます」
覚悟を決めた意思の強い目を真っ直ぐ瑛士に向けた。
「よしよし、いい目してるぞ、天野。その時はちゃんと俺に言えよ」
瑛士は遥希の頬を軽く叩き、満足そうに微笑んだ。
「俺……変わろうと思います」
「そうだよ、おまえは30キロものダイエットに成功した努力家だ。おまえならできるよ」
「はい……」
遥希は返事をすると、頬に添えられた瑛士の手にそっと触れた。
ドキリと瑛士の心臓が鳴った。
すぐにその手が離れると、
「お風呂入りますよね?」
そう言って立ち上がった。
「シャワーでいいよ」
「少しお風呂場片付けてきますね」
遥希は風呂場にある扉の奥に消えて行った。
ああいう仕草や顔を誰にでもするのだろうか……そう思うと瑛士の胸の辺りがチクリと痛んだ。あんな風にされたら、自分は求められていると勘違いをしてしまいそうになる。あれを普段から無意識にしているとしたら、罪な奴だと瑛士は思った。男に興味がない瑛士ですら、理性を保つのに必死だった。
(泊めてなんて安易に言うんじゃなかった……)
ふと、外が気になり立ち上がるとベランダのカーテンを薄く開けた。小竹はいるのだろうか……そう思い見てみたが暗くて外の様子は伺ない。
「柴田課長、いいですよ」
「おー、サンキュー」
「いるんですか?小竹さん……」
「わからん。暗くて見えない」
無意識なのか、瑛士の後ろに立った遥希は瑛士のシャツの裾を掴んでいる。
「シャワー借りる」
「あ、はい」
振り向くと遥希を少し見下ろす形になり、遥希は当然ながらこちらを見上げている。180センチの自分とおおよそ170センチの遥希。華奢な体つきの遥希は更に小さく見えた。
「なんかパジャマ代わりになるもの貸してくれ」
そう言うと遥希はTシャツとハーフパンツを貸してくれた。
シャワーを浴びながら、
(やっぱベットに二人で寝るのか?)
そう考えを巡らせ、荒っぽく顔を洗った。
入れ違いで遥希が風呂に入り、瑛士はもう一本ビールを開けた。さすがに酔いが回ってきたのか、頭をベットに乗せると瞼が自然に降りてくる。いつの間にか瑛士は眠ってしまっていた。
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