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第8話 大学時代③
2人で総務課に向かい、俺は起業支援の説明を受け、資料をもらった。隣で桐ヶ崎が何か言いたそうな目線を向けたが、話に割り込むことはなく、一緒にじっと聞いて待っていた。
資料をもらい、俺は次の授業までの空き時間で目を通そうと、図書館に足を向ける。
「付き合ってくれてありがと。桐ヶ崎、授業大丈夫か?俺は図書館に行くわ。」
「ちょいちょいちょい!」
「わっ」
手を振って背を向けたら、ぐいっと手を引かれた。バランスを崩しそうになるが、持ち堪える。
「栗原!どういうことか説明して!」
「え?何を?」
「就活どうしようか俺に相談してたのに、いきなり総務課に行って起業支援の資料もらったのかを説明して!」
「…ああ、そうだったな。」
頭の中では次々と構想をしていたので、桐ヶ崎に言ってなかったことを忘れていた。
「…桐ヶ崎は時間大丈夫なの?」
「大丈夫だから、説明してほしい。」
「ん。…わかったから、手離して。」
「え?…ああ。」
桐ヶ崎に掴まれていた手首は身体の熱がそこに集中したかのように熱い。同時に空想していた思考から、現実にガッと引き戻された感覚だった。ゆっくりと桐ヶ崎が俺の手首を離す。
図書館では話せないので 外のベンチへ並んで座ることにする。
一度騒ついた心臓はなかなか平常運転に戻らない。落ち着け、落ち着け…と何度も自分に言い聞かせる。
俺が話し始めないので、桐ヶ崎から話し出した。
「で、何で起業支援の資料をもらったの?」
「ああ、それはな…」
俺はさっき閃いた事を話した。桐ヶ崎みたいに相談を受けて、誰かの助けになりたい、頼りにされたい人がいる一方で、俺みたいに誰かに相談したい人、助けてもらいたい人がいる。親にも、友達にも言いにくい相談も匿名であれば相談しやすい。
俺は高校2年生の時の出来事とその時の俺の心情を話した。(この案を閃いたのは桐ヶ崎を好きだから閃いたのだが、それはもちろん言わなかった。)だから相談しやすい環境を作れれば、あの時の俺のような奴は気持ちが楽になるんじゃないかと思った。
「今はいじめとか虐待とか結構ニュースになって、児童相談所とか、相談できる場所が大切だと言われたりしてるけど、マンパワー不足で充実はしてないし、相談も主に電話だから、俺らの世代じゃ垣根高いだろ?だからチャットで一般人に相談する。ほら、自分だけで考えても答えは出ないけど、他人の意見を聞くと道が開けることがあるじゃん?そんな風にできる環境があればいいなって思って。掲示板とはまた違う、本当の相談室みたいな場所をさ、アプリで作ったらいいんじゃないかなって。さっき桐ヶ崎と話してて思いついたんだ。流石だな。相談に乗るのが上手い。」
こうやって言葉で説明すると、俺は本当に作りたくなってきた。アプリなんて作ったこともないし、プログラミングも出来ないけれど、してみたい。
「……栗原。」
「なんだ?」
俺の話を口をぽかんと開けながら聞いていた桐ヶ崎が俺を呼ぶ。熱く語っていたら、桐ヶ崎へのドキドキは落ち着いており、じっと顔を見返す。
「…それこの短時間で考えたの?」
「ああ。思いついただけだから、ふわふわだけどな。実現出来るかこれから考えるよ。」
「……………。」
桐ヶ崎はそのまま黙ってしまった。何かを考えているようだが、声には出さない。少し待っても考えたままだったので、俺は腰を上げる。
「じゃあ図書館行ってくるわ。またな。」
「あっ!栗原!」
「…なんだ?」
呼び止められ、足を止めて振り返る。何か言おうとしているが、言葉が出てこないようだ。
「……また連絡するね。」
間を置いて桐ヶ崎が喋った。納得してなさそうな顔をみると、本来言いたかったことはこの言葉ではないのだろう。まあ、いきなり起業するとか聞いたらびっくりするよな。
「ああ。わかった。じゃあな」
桐ヶ崎の反応を自己解釈しながら、納得する。そしてそのまま別れた。
数日後。
桐ヶ崎から連絡があり、一緒に起業したいと言われ、俺は人生で一番驚いた。
その後色々とあったが、結局桐ヶ崎は心理士や社会福祉士などの相談の仕事は辞めて、俺と起業をすることになった。
大学のベンチャー起業支援は、アントレプレナーシップ(起業家精神)論の講義があったり、起業・法務・経営相談を受けることもできた。俺たちは4月からアントレプレナーシップの講義を受講し、起業に関するセミナーに出来るだけ足を運んだ。相談窓口を利用しながら、起業に向けて動いていった。
起業をして、会社として続けるためには、利益を出さなければいけない。でも相談は無料でないと意味がないので、色々と思案していた。
大学4年の夏前。
相談アプリ『ステップアップ』は何とか形になり、大学で行われた起業支援のプレゼンで発表を行った。
そして、大学経営の株式会社より、融資を受けることができ、またクラウドファインディングサイトでも寄付型でいくらか資金調達をすることができた。
俺と桐ヶ崎は、7月。周りのみんなが就活で忙しなく動いている時に、起業を開始した。
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