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第16話 事件①

「え?警察?」 受付嬢より、内線があり警察が来ているとの事だった。俺の声は幸いにも周りの従業員には届いていなかったようで、誰とも目は合わなかった。オフィスから一番離れており、人通りの少ない会議室Cへ通してもらうように伝達する。 俺はすぐに席を立ち、桐ヶ崎に電話を入れる。しかし出なかった為、『警察が来た。用事終わったらすぐ来い。』とメッセージを入れ、会議室に急いで向かった。 警察が到着する前に会議室に着き、すぐにドアがノックされる。 「はい。」 「失礼いたします。ご案内しました。」 「ありがとう。」 出口近くで出迎えをする。警察は2人でテレビで見る刑事のようなラフな服装だった。俺は受付嬢にお礼を言って、通常業務に戻ってもらった。受付嬢は深く礼をして去っていく。 「こんにちは。すみませんね。仕事中に。」 「いえ。…立ち話もなんですから、座って下さい。お茶を淹れます。」 「ああ、お気遣いありがとうございます。」 2人の刑事は革張りのソファに座ってもらった。お茶請けなどが入っている小棚でお茶を準備しながら、焦る気持ちを落ち着かせようと音を立てずに長く息を吐く。 「お待たせいたしました。」 「ありがとうございます。」 初老の男性がへらへらと笑いながらお礼を言う。隣の刑事は若く、俺と年齢は変わらないぐらいだろう。特に話さずに、頭だけ下げて礼を示し、じっと俺を見つめた。 「…今日はどのようなご用件で来られたのでしょうか?」 緊張で震えそうになる声を意識的にぐっと太くして声を出す。警察と関わるのは初めてで、何もわからない。何を聞かれるんだろうか。何か会社でしてしまったのだろうか。 「あーはい。急に来て驚いたと思いますが、まずは自己紹介させて下さい。私は警察の安堂。こっちは宮町と言います。」 それぞれ警察手帳を提示する。本当に警察なんだとわかり、足の上で拳をぎゅっと握る。 「私ら、ある事件で動いてるんですが、こちらの会社『ステップアップ』って言うアプリを運営しているんですよね?」 「はい。そうです。うちの会社で提供してます。」 「『自殺関与及び同意殺人罪』で逮捕された東時馬鏡之介:(とうじばらきょうのすけ)っちゅう奴がおるんですが、そいつ、そのアプリを使用して、今確認できてるだけでも4人、殺してるんですよ。」 「え……。殺し…?」 警察の口から「殺し」なんて言葉が出てきて、身体に悪寒が走る。手はジトっと冷や汗が出てくる。 「簡単に言うと、自殺をほのめかしたり、自殺の仕方を教授したりしたんですわ。」 「自殺……ですか。」 「そうです。遺書やら、被害者の携帯からわかったんですが、まだ余罪がありそうでしょ?お宅の会社のデータを見せてほしくて伺ったんです。」 安堂が宮町をこずくと、宮町は鞄からiPadを取り出した。 「このアカウントがそうです。」 画面には見慣れたステップアップのマイページだった。特にぱっと見、悪そうな印象はなかった。『いいね』の数も50を超え、アバターも重課金ではない。 本当にこのアカウントを持っている人が自殺を誘導したのか?と疑問を持つ。 「この人物に関する情報提示、ご協力いただけますか?」 「あ…、はい。勿論です。すぐに用意します。」 今はそんな悠長に考えている暇はない。俺は刑事2人にしばし待ってもらい、デスクに戻り、ID検索をし、社員しか見れない個人情報、観覧履歴、掲示板での全てのやり取り等を全て出力し、USBに入れる。 「栗原さんどうかしたんですか?何か急ぎなら手伝いますよ?」 近くの席にいた男性が声をかけてくれる。内心焦っているが、それを感じさせないいつものポーカーフェイスで「もう終わったから大丈夫だ」と返事をして、すぐに会議室へ戻り、データを刑事へ手渡す。 刑事はiPadで内容を確認し、欲しい情報はあったようで、2人とも席を立つ。 「ご協力ありがとうございます。また何かありましたらよろしくお願いします。」 「…はい。協力出来ることがありましたら、また言ってください。」 俺は深々と礼をする。 「多分今回の事件はマスコミが食いつくと思います。風当たり強くなるかもしれませんが、頑張って下さい。」 「……はい。ありがとうございます。」 帰り際にそう言われたが、自分の作ったアプリで自殺の教授があった方がショックで1人になった後も呆然と刑事が出ていった扉を見つめていた。

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