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第20話 病院にて①

「睡眠不足、軽度の栄養失調、貧血、重度の過労だそうだ。」 桐ヶ崎の車の運転で眠ってしまい、起きたら病院のベッドで点滴を受けていた。 「そうか。」 まあ、そうだろうなと薄々感じていたので桐ヶ崎の言葉を聞いても何とも思わなかった。ゆっくりと滴下している点滴を見ていると、携帯が見たくなった。 「桐ヶ崎、俺の携帯ある?」 「…何に使うの?」 「は?仕事に決まってるだろ。」 「じゃあ知らない。」 「…何だそれ。意味わかんね。」 床頭台の上に俺の鞄を見つけ、取ろうとすると、桐ヶ崎に横から奪われる。 「はっ?返せよ。俺の鞄だ。」 「ダメだ。明日の朝まで入院だよ。もう休んで。寝なきゃ。」 「さっきまで寝てただろ?もう休んだじゃん。」 「3時間しか寝てないよ。休んだとは言えない。」 「…もう身体の疲れとれたよ。点滴もしてもらってるし。大丈夫だって。ほら。」 鞄に手を伸ばそうと身体を前のめりにすると、パチンッと勢いよく手を払われた。 「……ってぇ」 「ふざけんな!」 個室の部屋に桐ヶ崎の声が響く。 俺は最初誰の声かわからなかった。廊下から聞こえたんじゃないかと思ったが、照明は付いているも静かだった。怒りで顔を真っ赤にしている桐ヶ崎を見て、桐ヶ崎の声だったと気づく。 「何で怒ってんの…?」 こんなに怒った桐ヶ崎を見たことはなくて、俺は少し怯えて声をかける。 「…わかんないの?」 声が低く、硬質で、いつもの柔らかな口調はない。考えを巡らせるが答えは出なかった。 「うん。」 「…俺が言ったの聞いてた?重度の過労だよ?」 「聞いてたよ。仕方ないだろ。色々あったんだから…。」 「仕方ないですまないだろ!過労は死ぬこともあるんだぞ!」 ぐっと病衣の襟を掴まれ、ベッドに無理矢理横にさせられた。押し倒されているような格好にドキリとする。 桐ヶ崎はフーフーと息を荒くして、眉間に皺を寄せている。菩薩みたいな奴なのに、まるで般若だ。 するとコンコンとノックが聞こえて、扉が開いた。看護師で「大声が聞こえましたが、何かありましたか?」と聞いてきた。 桐ヶ崎がパッと襟ぐりを離したのを確認し、「仕事の事で揉めてまして。すみません。」と俺が答えた。 「もうすぐ消灯時間ですので、お静かにお願いします。」 「はい。すみません。」 扉が閉まったのを確認し、桐ヶ崎にベッド近くの椅子に座るように声をかける。桐ヶ崎は落ち着いたようで、ゆっくりと丸椅子に腰を掛け、静かに話し始めた。 「…あの事件の後から栗原が気に病んでたのはわかってた。しなきゃいけない事も沢山あったし、俺たちはトップなんだから責任もある。だから休めないのは仕方ないと思ってたよ。…でも、仕事がひと段落しても栗原は全然休まなかった。暇があればアプリ開いて、事件のような事が起こってないか確認して、通報もスタッフが解決した分まで目を通して。はっきり言うけど、時間の無駄だよ。」 「…は?喧嘩売ってんの?」 時間の無駄まで言われて、ギリ…と歯を噛み締める。 「無駄だ。桐ヶ崎がいくら頑張っても多分これからも似たような事は起きてしまうよ。」 「…何だよそれ。問題解決を鼻っから放棄してんのか?また人が死ぬって事かよ。」 「そうだよ。人は死ぬし、自殺者もでるよ。今回みたいに教授する奴も消えない。悪意を持った人間なんてそこら辺に沢山いる。人間同士でやり取りしてるんだから、良いも悪いもある。みんなが善人じゃない。当たり前だろ。」 「…そりゃいるかもしれないけど、対策できると思う。」 「対策ってのは栗原がずっと頑張って、アプリに張り付くこと?利用者は2000万人だぞ。1人で頑張ってもたかが知れてる。誰かを助けれたとしても、その結果お前が死ぬなんてなったらどうなると思う?この会社は終わりだ。」 「…別に桐ヶ崎がいるじゃないか。」 冷静に話していた桐ヶ崎の顔が先程のように怖くなる。 「…それ以上言うと怒るぞ。」 「………すまん。」 「俺とお前で作った会社だ。無理する方向を間違ってる。管理体勢が不安なら24時間対応にするために3交代制で社員増やすなり、他に対策考えたり出来ることはある。周りが見えなさすぎだ。もっとよく見ろ。」 「…よくそんなすぐ対策案出てくるな。さすが桐ヶ崎だな、俺とは違う。」 何だか自分がちっぽけに感じた。高校の時に戻ったみたいだ。うまく考えられない。 「卑下するなよ。…栗原、もう寝ろ。」 「目は冴えてる。」 「……じゃあ眠れるようにしてやる。」 「は?」

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