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第3話
「それじゃあ君が、ヒートに耐えられずに弟を襲ったというのだね」
医師の確認するような言葉に、彼は憔悴しきった表情で何も言わずに、ただ頷いて肯定する。
背後で聞いていた母親が泣き崩れる声に、ちらと振り返り、彼は少しだけ眉を動かしたが表情を変えることはなく、黙ったままそれ以上には弁解すらしなかった。
彼は大人びた表情をしていて、パッと見た印象では学生という歳には見えない。
精悍な男らしい面立ちは端正であるが、愛嬌のある少し下がった目元は女性受けしそうな愛嬌がある。堅めな黒髪は後れ毛が肩に掛かる程度で、すっきりと清潔そうに整えられている。
とてもではないが、一目では性犯罪を犯す人物には思えない。ただ一点、彼がオメガであるということを除けば、そんな要素は他にはまったく見当たらないのである。
医師は、端末に映し出されたカルテににオメガであること故の本件の異常行動と今回の見解を記すと、溜息を吐き出した。
彼が関わっている団体や学校から提出された素行調査票では、一様に勉学やスポーツ、また対外的な活動において完璧ともいえる優秀な人間であることが記されている。
目の前の彼を見ても、それが全て真実であるといえた。
それがこの件ですべて台無しになるなど、大きな損失以外の何物でもなかったのだ。
「……弁解などは、何もないのかい」
「弁解する理由はないです。自分の欲を満たすことしか考えていませんでした」
しっかりとした口調で答えると、医師をまっすぐに見据えて、
「先生、俺にもひとつ聞かせてください。俺には、抑制剤が効かないっていうのは、本当ですか」
ずっと黙っていた彼は、悲観しているような表情でもなく、ただ事実を確認するように彼は医師を問いただした。
彼はヒートを起こしてから、すぐに処方していた抑制剤をきちんと服用した。そして念のため実家に戻って鍵をかけた部屋に閉じこもった。そこまでしたのに、先日、アルファである十五歳の実の弟に無理矢理性交渉に及ばせたというのである。
オメガという性が発覚するまでは、このヒートという症状はただのセックス依存症だと考えられてきた。第三の性と認められると同時に、その発情を抑制させるクスリが開発された。それを摂取することで、オメガであっても十分普通の生活は送ることができるようになった。
その抑制剤が効かないということは、発情期を一般人と一緒に送る術がないということである。
彼に抑制剤が効かないことは、つい先ほど判明したばかりである。抑制剤が効かないのであれば、今回の件についても再犯の可能性が高くなる。
「百人に一人いるかどうかの症例だ。君がしたことは大きな問題だ。意思が伴わない結果というのは君には残酷な結果だけれど」
オメガ性が加害者というより被害者側の方が多く、危険性は少ないといわれているが、稀に通常の男性と変わらない者もいる。
第三の性と呼ばれるオメガは、劣等種と呼ばれるだけあり、見た目もたおやかな者が多いが彼にはその要素は容姿には見えなかった。
性犯罪を犯したもの、また危険性のあるものは専用の更生施設に入れられるのが常である。
彼は、見た目からすれば平均の男性よりも体躯も優れているので、今回のこととで危険であると判断される。
社会に危害が及ばない存在と認められなければ、施設から外に出すわけにはいかなくなる。
一人の前途ある若者の未来を闇に葬ることになる診断結果に、医師は迷っているようだった。
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