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第4話
医師は迷いながらも、定められた処置法を口にする。
「抑制剤が効かない以上、君は更生施設に入らなければならない。今回は事に及んだ相手が弟さんということと、薬をきちんと服用していたことも合わせて情状酌量となり、罪としては君に何も課せられることはないけれども……野放しにはできない。君にはわかるよね」
番の相手さえ見つけられればその症状は治まるし、ヒートの期間も相手と交渉することで短くすることはできる。更生施設の管理側でもアルファと積極的に協力し合っているようで、パートナーを見つけさせて社会復帰させているのだが、それでも自由と未来を拘束されることには違いないのだ。
「構いませんよ。俺も家では安心できない。いっそ、動けないように拘束くらいしてくれた方が気が楽です」
自分のことだというのに客観的ともいえる様子で、サバサバとなんでもないことのように彼は答えて、自分の手足を見つめる。
「君が気が強いのもわかるが、我慢せずに言いたいことを言えばいい。更生施設だなんて、本当は怖いだろう。君の家であれば、厳重な監視はされるだろうけど自宅療養っていう選択肢もとれるよ」
彼の実家にはそれだけの財産があるのは認知していたので、提案して意思を聞き返したが、あっさりと首を横に振られて、医師は不思議に思いながら答えを問うように彼を見返した。
「……もう、嫌なんだ。俺は、あんな思いは死んでもしたくない。家にいるほうが、怖い」
十八歳になるまで発情期がなかったというのも異例なほど遅いが、初めてきたヒートで弟と禁忌の交わりをしてしまったことが、彼にとってはショックが大きかったようで頑くなに拒む。
「統久、ちゃんと自宅を改装して、あなたが家でちゃんと暮らせるようにするから。あんな施設で何をされるかわかっているの?自棄をおこさないで」
母親が立ち上がって、まるでヒステリーのように統久と息子の名を叫んで、椅子に座る彼を抱きしめるが、彼は心底困ったような表情を浮かべるだけで、意思を翻そうとはしなかった。
「母さん。聞いてください。別に、自棄になっているわけではないのです。俺は、俺自身をコントロールできるようになりたい。俺には絶対にそれができる。そのためには、この症状について、もっと専門的なことを知らなくちゃいけない」
統久は別に自暴自棄になっているわけでもなく、建設的にこれからのことを考えた結果であることを母親に伝えて、背中をそっと撫でて慰める。
性犯罪抑止のために設けられたという、問題のあるオメガ用の施設は、施設内でのオメガの扱いが酷いと有名だった。そして、収容されたオメガは性処理奴隷のような扱いも受けているというもっぱらの噂があった。
父親は、大丈夫だというように母親を統久から引き離して、同じように宥めるように背中を擦る。
そして本意を探るように、自分の息子を見返した。統久が一度言い出したら人の言うことなどは聞きやしない性格なのは、父親はよく知っていた。
「私も施設については良い噂を聞かないよ。あそこのは局の者も立ち入り検査をおこなっているが、まったく尻尾をださない。そんな黒い噂があるところだ。オマエはそれでも行くというのか」
頑固な息子の性格を知っていたとしても、それでも確認してしまうのは、人の親たる性だろう。
他人には弱みをみせない息子の性格だけに、本音をいえないだけなのか、本当にそう考えているのかを知りたかったのかもしれない。
統久は父親の顔をしっかりと見据えて、父親の言葉にまるで面白いものを見つけたかのように眸の奥に光を宿す。
「家に居て、何か取り返しのつかないことになるよりは、ずっとマシですよ。……それに立ち入り検査で摘発できないような場所ならば、余計に、俺が潜入捜査の真似事でもしましょうか」
少しだけいつものような悪戯っぽさを孕んで答える言葉には、まったく偽りはなかった。
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