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第5話

 そのかおりの意味に統久が気がついたのは、十三の夏の性判定検査でオメガであるとのと判定がきてすぐだった。  傍に居るだけで与えられたやわらかい真綿のように暖かい甘く漂うかおり。  三つ年下の弟は少しだけ体が弱くて、いつもあたたたい場所で日向ぼっこをすることが多いから、太陽のにおいがするのだとずっと勘違いをしていた。  毎日接していたから、それが特別なにおいだなんて思ってもいなかったのだ。  特別なフェロモンを呼び寄せる相手を、人は運命の番と呼ぶ。それは強い絆で、その縁を切ろうとすることが難しいといわれているものだ。  発情を伴うかおりとフェロモンが、互いに分泌しあって呼び寄せあう。一度味わってしまうと、それ以上のものは求められなくなってしまうのも、運命と呼ばれる原因のひとつだ。  あの時、ヒートをおこしていた俺は、部屋に侵入してきて覆いかぶさってきた弟を払い退けることもできなかった。  体格差も体力差もあるというのにだ。自分の意志の力など、まったく意味をもたなかった。  まさか、運命の番が弟だとは思いもしなかった。いっそこの人生自体が呪われているのかもしれない。  体躯からも才能からも判定が出るまでは、アルファだと思われていた統久が、劣等種であるオメガであったことは、両親を落胆させた。  だが、統久自身は別に落ち込みもしなかったし、世間で言われているオメガへの差別も気にはならなかったのだ。それくらいのハンデがある方が面白いとまで考えていたくらいだった。  だが、運命の番が自分にとっては禁忌の相手である弟だと知った時に、彼は初めて顔色を変えた。  運命の番だといっても、それが禁忌であり結ばれない運命ならば、それは運命の番ではないのだ。  それは、一生運命の番とは出会うことはできないと運命とやらに宣言されたようなものだった。近くにいるだけに、それは統久にとって拷問に近いものだった。  発情期はきていなかったが、なるべく弟の傍に近づかないように寮のある学校を選んで接触を避けるようにした。       大抵の収容者は施設へ送られることを拒んで逃亡を企む者が多いため、拘束されての搬送になるのが常だった。  統久は望んで行くのだから必要ないと言ったのだが、慣例どおりにしっかりと拘束されている  手足に重たい拘束具をつけられて施設へと運ばれるバスの中で、彼はこれまでのことにどこか間違う要素があったかどうかを思い返しながら目を伏せた。    こうなっても、当然だ。  当然なことを、してしまった。    あのかおりを嗅いでしまえば、発情期の俺は全くあらがえない。拒絶をしようとしても、脳みそが反応をしてくれず、ほんの一ミリたりとも指を動かすことができなかったのだ。  それどころか……。  あの時の俺は、アユミに抱いてほしくて堪らなくて、まるで獣のように吼えていた。                        自分さえコントロールできずに、与えられる快楽に溺れてそれを望んで欲望を享受しきってしまった。  まだ、弟は未発達だったから、幸いなことに今回は妊娠はしなかったが、発情期にあんな風に抱かれたら、今度は間違いが起こる可能性が高い。  もし、できるのならば、あの瞬間に舌を噛み千切って死んでやっても構わないとさえ思える。  そのことは、彼は自分の両親には告げなかった。    告げれば、きっと彼らはわが子可愛さに弟の人生を歪めてしまうだろう。  だから、黙っていたし、一生告げる気もない。  弟がもしかしたら話してしまうかもしれないけれど、その時は自分の人生捻じ曲げても誤魔化すと決めている。   二度目は、ない。  もしそんなことがあるのならば、今度こそこの心臓の鼓動を停めることさえ厭わない。   運命とやらを力任せに捻じ曲げるくらいの強さを身につけて、その絆やら縁とやらをなんとか断ち斬らなければならない。    たったひとりの可愛い大切な弟の人生を、これ以上捻じ曲げるわけにはいかないと、統久は心から強く誓ったのだった。

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