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第6話
「局長!」
赤茶けた髪をツーブロックに刈り上げた大柄の男は、大声で部署室の中に入ってくると、優秀だと誉れが高い評価を受けているこの部署の局長である鹿狩歩弓に声をかけた。
神経質そうな整った顔をした彼は、メガネの奥の目を信じられないかのように見開き、端末を眺めたまま顔を真っ青にしていて、男の呼びかけに答えられないようだった。
「局長、大丈夫ですか」
あまりに尋常ではない様子に、男も心配になり肩を掴んで軽く揺らすと、歩弓はハッとしたように彼を見上げた。
「なんだ、桑嶋……か」
少し吊りあがり気味の赤茶の瞳に心配そうな光を宿されて、局長である彼は威厳を取り戻そうとしてか、椅子に深く座りなおす。
「聞きましたよ。次の副局長をオメガ性の男に任せるとか。本当に人事は何考えてるんだか。大体、オメガ性は事務職と決まってるんじゃないですか、普通は。今日、就任と聞きましたが、突然過ぎますよね」
次期副局長と前々から周囲でも目されていたセルジューク・桑嶋は、今回の人事に信じられないとばかりに不満を漏らす。
「今のご時勢、大声でそういうことを言うと、セクハラで訴えられるぞ」
漸く局長は端末から顔をあげ、メガネの位置を神経質そうに直しながら、桑嶋の言動に軽く注意をする。
警視総監の跡継ぎと言われている彼は綺麗に整った顔立ちであり、生粋のアルファらしさを醸しだしている。
一目で優秀な人材だと分かる容姿であった。
「大体、オメガなんかはヒート期間は休むし、軟弱だから足引っ張るだけでしかないのに。ここの仕事はハードだということを人事はわかってない」
注意されたにもかかわらず、桑嶋が更に性差別的な不満をこぼすと、彼は一瞬ためらうような表情を浮かべて、目の前の端末に映る名前を見返した。
「彼が優秀な……人なのはよく知っている。軟弱ではないし、決して足を引っ張るような人ではないよ」
彼は副局長になる男を、まるで良く知っているかのような口ぶりで桑嶋を諭すが、ひどく具合が悪そうに眉を寄せている。
そういえば彼がオメガアレルギーらしく、ニオイだけでも蕁麻疹が出る人だったなと桑嶋は思い出して、顔色が悪い理由に気がつく。
「そういえば、局長はオメガアレルギーでしたよね。顔、すごく真っ青だけど大丈夫ですか」
まったく、局長もいくら優秀でも神経が繊細過ぎるのも困りもんだな。
まあ、警視総監の箱入り息子でアルファであれば、後継者として周りから相当大事にされてきたわけだからな。
過敏な性質なのも、仕方ねえかな。
桑嶋は肩を聳やかせ、置きクスリの箱から吐き気どめの薬を取り出すと、歩弓に手渡した。
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