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昨年度末(2)
そう言われて智がドキドキしながら連れてこられたのは、都内有数の五つ星ホテル。智は混乱していた。どういうことだろう、まさか、椚田さんも俺のこと……?
「えーちゃん甘いモンいけるくち?」
「あ、はい、好きです」
「よかったあ~。ここのスイーツバイキング一回来てみたかってん」
ほくほくの笑顔でそう話す椚田は、もう智の方など見てはいない。まばゆく光り輝く、色とりどりの、宝石のようなスーツの数々。一流シェフが生み出すそれらはさながら芸術品と呼ぶに相応しい。
──まあ、いいけど。
智はようやくドキドキや混乱から解放され、冷静になった。と同時に、何が『まあいいけど』だ、と自分につっこんだ。二人きりで、ホテルで、ディナー、ではないがブッフェ。夢にまで見たお近づきではないか。何を高望みしているんだ、と。
「ここのイチオシはガトーショコラらしいで。とってきたろか」
早く取りに行きたくてたまらないのが丸わかりの椚田、椅子に着席したかと思ったらすぐさま立ち上がった。
「僕が取ってきますよ」
先輩を使わせる訳にはいかない、と慌てて智も立ち上がる。
「ほんじゃ一緒に行こっか」
くしゃっと笑う。そんな椚田に、心を射抜かれたのは何度目だろう。
いくら甘いものが好きだと言っても、そう一度にたくさん食べられるものでもない。さらに智の場合はこの状況、胸がいっぱいで早々に食べられなくなってしまった。
椚田はというと、それはそれは幸せそうに次々とスイーツを頬張っている。全種類制覇する勢いだ。
こんなに甘党だったなんて、知らなかったな。
智は椚田の新たな一面を知ることができて、嬉しく思った。
「……にしても、どうしてわざわざ僕なんか誘ってくれたんですか?椚田さんなら他にいくらでも」
「へっ?むさ苦しいオッサンとか女の子と行く訳にもいかんやろ」
オッサンとは確かに厳しいものがある、が。
「女の子、ダメなんですか?椚田さんと一緒に行きたい子、いっぱいいそうですけど」
「女の子と二人ではさすがにいろいろめんどいやん」
話している間にもクレームブリュレを完食。次はティラミスに手をつけ始める。
女の子とは面倒、その言葉の意味を考える智。そうか、そうだよな。
「きちんと付き合ってる人がいるのに女の子と二人で行くのはさすがに、って意味ですよね?」
椚田が噎せた。大きなティラミスを口に運んだばかりだったが、喉に詰めてしまっただろうか。咳き込んだせいで、ティラミスに振りかけられていたこげ茶色のパウダーがテーブルの上に飛び散った。
「付き合ってる人……?」
ひとしきり咳き込んだ後、涙目のまま椚田が問うた。
「あ、いや、岩崎がそれで振られたって聞いて」
「あー……」
肯定とも否定ともわからない、煮え切らない、らしくない返事。もしや、傷つけずに振るためのウソだったのか?突如として湧き上がる微かな希望に、智は思わず身を乗り出す。
「……違うんですか?」
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