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今年度、始まる(1)
結局告白することも諦めることもできず、悶々とした想いを抱えたまま、年度が変わった。智の周辺は特に大きな異動もなく、代わり映えのしない面子で新たな年度を迎えた。椚田も異動なくそのままで、ほっとする。
四月といえば、新歓の時期である。あの苦々しくも、椚田を知るきっかけとなった新歓の想い出は、毎年の恒例行事であるせいですっかり上書きされてしまっていた。
今年もたくさんの新入社員が入ってきた。スーツに着られたような若人たちが、右も左もわからず、カチカチになっておどおどとして、こちらにまで緊張が伝染しそうな様は、毎年同じだ。そして自分もあの頃こんなだったのか、と毎年思う智であった。
数年経ったぐらいでは悪しき習慣は消え失せることなく、相も変わらず上司が部下に飲ませる光景をあちこちで目にする。飲める者は飲んでいればいい。智はあの時助けてもらったように、もし困っている後輩がいたら自分も助けてやらねばと、周囲に気を配っていた。飲めない者の気持ちは、飲めない者にしかわからない。
事業部の執行役員がとある新入社員を手招きした。新入社員は身を縮ませながら恐る恐る隣に座らされ、なみなみとビールを酌されている。見るからに気の弱そうな子だが、大丈夫だろうか。智が少し心配になる。やがて二人で乾杯し、執行役員は軽々と一気に飲み干したが、新入社員は顔を歪ませながら微量を口に含んではコップから口を離した。
飲めない子か、智は判断した。いよいよ、あの時受けた恩を後世へと受け継ぐ時が来たようだ。
確かあの子の名前は……
「ゆ、湯本くん!ちょっとこっちへ……」
湯本とともに、執行役員も智の方を見た。湯本は縋るような眼差しで見てくるが、執行役員は智に向かって言った。
「なんや永倉。湯本くんは今私と飲んでるんやけど急ぎの用事か」
圧が半端ない。執行役員と智の間にいる全員が注目している。完全に失敗した。
「……いえ、あとで結構です……」
穴があったら入りたい。浮かれた正義感でカッコつけて、湯本を助けることも出来ず、恥をかいただけに終わってしまった。やっぱりそんなに簡単に椚田のようにはなれない。
再びざわめきを取り戻した宴会場、智だけ暗がりでひとりぼっちのような気になった。
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