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今年度、始まる(2)

「ちょっと執行役員、僕の相手もしてくださいよ」  瓶ビールを手に、執行役員と湯本の間にするりと割って入ったのは椚田だった。 「お前なんか相手にし飽きとるわ、今日は新人くんとやな」 「そんな冷たいこと言わんといて下さいよ、ねえ」  大袈裟に拗ねるように口をとがらせながらビールを注ぐ。もちろん返杯も受ける。  またも鮮やかな立ち回りを見せられ、智は呆然としていた。誰にでも同じやり方ではいけないのだということを教えられたし、するりと懐に入っていく瞬間を目の当たりにした。どうやっても敵わないし、なんでこの人営業やってないんだろうという客観的な思いも生じた。  かくして湯本は執行役員から解放され、元の席で平和な時間を過ごすことが出来た。  のだが。  執行役員の椚田拘束は思いのほか長く続いていた。真面目な仕事の話から、そろそろ嫁貰わんかい、という話まで。その間もガンガン酒を注がれる。  智は今度は椚田のことが心配になってきた。あまりガブガブ飲んでいるところを見たことがないけど、そもそも酒に強いタイプなんだろうか。ちらりと椚田を見ると、耳、鼻から眼球に至るまで真っ赤になっているではないか。酒に強い者の顔ではない。  今度こそ、なんとかして助けなければ。今こそ正真正銘、恩返しの時。  でも、どうやって?  いてもたってもいられないのに、何もすることが出来ず、歯がゆい思いで落ち着きなくチラチラと何度も椚田を見ていると、目が合った。椚田は少しだけ笑って、ほんの少し手を挙げた。まるで、大丈夫、と目くばせするかのように。  だがその数分後、椚田の顔が赤から青に変わった、そして直後、姿が消えた。  手洗いへ行ったのだろうと予想し、智も冷静を装いつつ急いで後を追った。 「椚田さんですか?」  個室へ向かって声をかける。 「あー……えーちゃん?」 「そうです。大丈夫ですか?」  返事の代わりに、嘔吐く声と水音が聞こえた。智はそれ以上何も言わず、外で椚田が出てくるのを待った。  個室から出てきた、嘔吐の余韻を思わせる涙目の椚田の手を引くと、智は座敷に戻らず一直線に店の出口へ向かった。そして素早くタクシーを拾って乗り込んだ。

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