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今年度、始まる(4)

「着きましたよ、電車乗れます?」  会社の最寄り駅に到着した。 「大丈夫大丈夫。酔いも冷めたし。ほんま助かったわ、ありがとう」 「いえ、お疲れ様でした。また明日」  加藤の言う告るか諦めるか、で言うと、もう諦めるしかないようだ。初めから、わかっていたけれど。  しかしその夜、智はとんでもない夢を見てしまった。椚田と、一糸まとわぬ姿で、ベッドインしている夢。行為そのものをしていたわけではないが、甘い雰囲気でイチャイチャしていたのは確かだ。少し手を伸ばせばすぐ届くところにあった、あの横顔に、無意識とはいえ欲情していたというのか。  目が覚めると同時にひどい罪悪感に苛まれながら、記憶を頼りに一回抜いた。そしてさらに後ろめたさが倍増してしまった。  椚田を性的な目で見ている、ということが、自分の中で腑に落ちず、認めたくなく、そんな気持ちがとても汚らわしいもののように思えた。今日はもうまともに顔を合わせられない── 「えーちゃん」 「ひっ」  そんな日に限って、朝から椚田が声をかけてきた。 「昨夜はほんまにごめんな!」 「い、いえ、全然」  顔の前で両手を合わせ拝んでいる椚田に、謝らないといけないのはこっちだ、と、智は心の中で土下座した。 「お礼とお詫び兼ねて、また奢るわ」  社交辞令だとわかっていても、そんなことを言われると胸が弾んでしまう。期待しちゃいけない、そう思うのに。  だけど、だけど、そんな機会、あるならもちろん願ってもないことだ。 「……じゃあ、ラーメン一杯で」  堅物で真面目な智の、精一杯くだけてみた答えだった。本当は先輩にこんな図々しいこと言ってはいけない、なんて思っているが、言えばもしかしたら何かあやかれるかもしれない。 「はは、やっす!おっけー、今週中にでも」  椚田は予想通りの反応で、朗らかに笑いながらまた智の肩を軽く叩くと、部署に戻って行った。そしてまた、その後ろ姿を惚けたように見送る智なのだった。触れられた肩が、いつまでも熱を持っているように感じた。  椚田は割と誰にでもボディタッチを軽く行うのかもしれないが、智はそうではない。相手が誰であろうと、少しでも触れただけで、意識してどぎまぎと昂ってしまう。椚田からは何度となく触れられたことがあるが、一度でだけでもいいから、智のほうから椚田に触れてみたい、いつしかそんな願いを抱くまでになってしまっていた。  尊敬から始まった椚田への想いは、いつしか恋慕に姿を変え、ついには劣情にまで変貌を遂げてしまった。違う、あの人とそんなふうになりたいんじゃない。そう頭では思うのに、またその夜も今朝の椚田を思い出しながら自らを慰めるのだった。

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