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今年度、始まる(5)

 三日後。二人は示し合わせて仕事を早く終わらせ、約束通り会社近くのラーメン屋のカウンターに並んで座っていた。社交辞令ではなく、椚田はちゃんと約束を果たしたのだ。 「ここ、来たことある?」 「いえ。おすすめ教えてください」 「イチオシはとんこつやけど、えーちゃん何派かわからんし、この店のはどれも美味いよ」  智は毎日社員食堂で昼食を摂るが、椚田はだいたい外へ出て食べている。ここら一帯の店はだいたい攻略済みらしい。 「じゃ、とんこつで」 「すんませーん、とんこつ二つ!」  よく通る声で椚田が言うと、カウンターの奥からはいよ!と声が返ってきた。  カウンター席のみの、けっして綺麗とはいえない店構え。だが味は絶品、とは椚田の談。  まもなく白髪ねぎ、煮玉子、そしてチャーシューがでんと乗った、なかなかのボリュームの鉢が二つ、二人の前に運ばれてきた。  硬めの細麺に、こってりしすぎず後を引くスープがよく絡んでいる。二人はしばしものも言わず、一心不乱に麺を啜った。 「美味いですね」 「せやろ」  ようやく口を開いた二人は自然と笑いあっていた。智にとっては夢のような時間。すぐ隣に椚田がいて、同じものを食べて、同じように美味しいと感じて、同じように笑っているなんて。けれど所詮ラーメン、十分やそこらもすればそんな幸せな時間も終わり。店の外にはいつの間にか行列もできており、早々に店を出ることに。 「またご馳走になってしまって、すみません」 「八百円やそこらで恩感じんといてえな。それにこれはほら、昨日の……」  そこまで言ってハッとしたように椚田はさっきしまったばかりの財布をまたブリーフケースから取り出した。 「昨日のタクシー代!忘れてた」  そう言って札を智に渡そうとする。が、智は受け取るつもりがない。 「俺だって乗ってったんですから、要りませんよ」 「俺があんなやなかったらタクなんか使わんかったやろ?」  ぐい、と智の手に札を握らせてきた。当然手と手を握るような形になる。智の心臓が内側からうるさく胸を叩いてきて痛い。こんなことをしていたら、いつも一生懸命、必死に、抑え込んでいる想いが、爆ぜる──

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