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そして現在に至る(2)
新大阪駅に着いた。夏休み、それも天神祭当日とくれば、駅はいつも以上に人でごった返していた。家族連れ、ビジネスマン、カップルに外国人団体。ただでさえ暑いのに、人いきれでますます熱気が高まる。
智も暑苦しいワイシャツのタイを緩め、さほど重くないキャリーを引きながら改札に向かっていた。
その時、信じられないものが視界に入ってきた。
椚田だ。私服の椚田がはるか向こうにいるのを、智の目はしっかりと捉えた。普段から常に椚田を追い続けている智のセンサーは、こんな時、こんな場所でも感度良好らしい。
ネイビーのサマーニットに麻のベージュのアンクルパンツと、涼やかでこなれた装い。
これは、やっぱりデートだな。
智はあえて、声をかけてやろうかと椚田の方に向かって歩き出そうとした、が。
「アヤー!」
あの通る声で、突然椚田が叫ぶものだから、智の足も思わず竦んでしまった。周りも注目している。
……ああ、彼女の名前ね。遠距離恋愛の彼女を大阪に呼びつけて、駅までお迎えってわけですか。アヤちゃんね、ああそう……
智のただでさえ普段から決して高くないテンションは今や地面にめり込みそうに低い。こんなのでこの後仕事を上手くこなせるのだろうか。
見たくなかった、こんな場面。
足早に立ち去れば良いものを、気になる。相手がどんな子か、当然ながら非常に気になる。こうなったら、見届けてやる。そう肝を据えて、固唾を呑んで見守った。人まみれで、どの子だろうかおおよその目星もつけられない。自分が欲しくて欲しくてしょうがない、でも決して手に入らないものを先に手に入れていたのは、一体どんな子なんだろう……。
椚田が急に踵を返して慌てている。恋人の再会に似つかわしくない困り顔で。何があったんだ、と、別の意味でも目が離せない。やがて前を歩いていた眼鏡の男が振り返り、話し出したようだ。会話の内容はもちろん聞こえないが、相手は怒っているようだし、椚田は困っているようだ。因縁でもつけられているのだろうか。助けに行った方がいいのだろうか。
ハラハラしていたら、状況が変わった。
眉間に皺を寄せて不機嫌をあらわにしていた相手の男がふっ、と柔らかい表情になった。すると椚田の表情も一変した。嬉しくてたまらない、辺り一面をも明るく照らすような、満面の笑み。
そうして微笑みを交わした二人は、やがて連れ立って駅出口の方へ歩いていった。
──あんな顔、知らない。見たことない。
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