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【試し読み】身の丈合わない男の話 3

 スピーチの文言を考えるのと憂鬱と緊張とで、式の数日前からは寝不足が続いた。スピーチの原稿が仕上がっても不安で、会社での休憩時間もずっと手直しを続けていた。  どうしてこんな相応しくない人間に頼むのだろう、一種の嫌がらせか、と、しまいには恨み言まで頭に浮かんでくる始末だ。こんなのもっと適した人がいるだろうに、と考えて、思いつくのはやっぱりあの人。椚田だったらきっと大勢の招待客に気圧されることもなく、司会者ばりの笑顔と声で立派に、そして事もなげに大役を果たしきるのだろう。その姿も見てみたい、さぞかしかっこいい……などとどんどん思考が逸れてゆき、智は慌ててスピーチ原稿に再び目をやった。  いよいよ当日。智は当日になって気づいたが、身内以外の結婚式に参列するのは初めてだ。そんなことに気づいてしまい、ますます緊張してしまう。原稿はきちんと上着のポケットに仕込んだ。当たり障りのない、手垢のついたような使い古された台詞ばかりになってしまったが、あとは堂々と心を込めて読む、それだけだ。  式場は格式高い本格的な挙式場で、家族だけで式を挙げたあと、披露宴が執り行われる。智はそこで大仕事を務めあげなければいけない。披露宴のスタートまでの間も、そして始まってからも、全くもって落ち着かず、誰かと話したような気がするが憶えていない。ただただ早く仕事を終えてほっとしたかった。    智が一息つくことが出来たのは、披露宴が終わり、親戚やお偉いさん方を除いた二次会の場に移ってからだった。先ほどまでの厳かな会場と違って、ちょっとこじゃれたパーティースペースといったダイニングでの、主に会社の若手を中心とした、普段の飲み会と変わらない雰囲気の二次会は、智の緊張をようやく解し、智はここへ来てこの日初めて食べ物が喉を通った。 「大役お疲れさん、ありがとうな」  本日の主役・加藤が労いに智のもとまでやってきた。一心不乱に料理を貪っていた智は慌てて立ち上がった。 「うん……あらためて、おめでとう」 「ありがとう」  加藤の傍らには幸せそうな岩崎の姿。ドレスアップしてはち切れんばかりの笑顔を携えた彼女は、日頃の何倍も輝いていた。結婚するということはこういうことか、と智は感慨に耽った。ここへ来てようやく、そんな気分になる余裕が出来たのだ。 「で、えーちゃんはどうなん」 「何が」 「ご結婚のご予定は」 「あるわけないだろ……」 「はは! そらそっか! 式の時はスピーチやるからすぐ報告してや!」  そりゃあ当然だ、と言わんばかりに笑い飛ばされ、智の箸は自棄気味に加速した。

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