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第3話
席に座ってメニュー表を開きつつ、視線だけはガッツリ彼を追っていく。
それはさながら、獲物を捉えようとひっそりと佇む肉食動物のようだ。
彼が厨房から出てくると分かれば、メニュー表でさっと顔を隠す。
目の端で彼が通りすぎたのを確認してから、堂々とその背中を鑑賞する。
広い背中だ。
そしてその着ているボーダーのTシャツに浮き出た形の良い肩甲骨。
見れば見るほど、心拍数が上がる。
彼の名は森下。
名札にはそれしか書いていないから、下の名前は分からない。
歳はきっと、僕よりも随分と下だろう。
二十二、三とか?
金髪に近い茶髪の今どきの若者風であるから、きっとオープニングスタッフとして雇われたアルバイトか何かだろう。
彼に自ら話しかけた事は無い。
彼からも、もちろん無い。
「お決まりですか?」と「お待たせしました」くらいだ。
僕は今後、彼とどうなっていきたいのか、自分でも不鮮明でよく分かっていない。
親密になりたい気もする。
何度か自然な感じで話しかけるシミュレーションを頭の中でしているが、拒絶されたらと思うと怖くて一歩踏み出せない。
だからこうして毎回、こっそり眺めることしかできないのだ。
森下くんの「お待たせしましたー」と言う明るい声が、ゆったりと流れるBGMに紛れて聞こえてくる。
またこっそりと彼の方を向くと、注意深く料理の乗った皿を下げ、集中しながら皿を置いているところだった。
そして、安堵したように柔らかい笑みを見せる。
その瞬間の顔がとても綺麗で、つい見蕩れてしまった。
彼が踵を返して僕の席に近づいてきたので、ふと視線をメニューに落とす。
何を頼むかなんて入店する前から決めてあるけど、悩むふりをした。
「ご注文お決まりですか?」
低い声が降ってきて、反射的にバッと顔を上げた。
森下くんが目の前にいた。
な、なんで。まだピンポン押してないじゃないか。僕よりも先に入ったあっちのテーブルには声がけしていないのに。
森下くんは、僕の顔を見ながらニコニコとしているから、心の中の声が本人に全部筒抜けだったんじゃないかと焦ってしまう。
不意打ち過ぎて、僕は背中に汗をかきながら眼鏡の奥の瞳を白黒とさせた。
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