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第14話
「眼鏡してても外しても、全然地味じゃないよ。綺麗じゃん」
「……綺麗?」
まるで初めて愛する人の花嫁衣装を見た新郎みたいにそう言うけれど。
綺麗だなんて、産まれてから一度も言われた事は無い。
あまりにも僕とはかけ離れ過ぎている言葉に吹き出してしまう。
「綺麗って。それを言うなら、森下くんの方が何百倍も綺麗な顔してますよ」
「そう?」
満更でもないのか。
笑い合った後、今度は森下くんの経歴を聞いた。
母親は料理上手で、和洋中ジャンル問わず毎日色んな料理が食卓に出てきて、三時のおやつも市販のものではなく、手作りの無添加のクッキーやパンだったらしい。森下くんも手伝わせてもらっているうちに、まるで理科の実験のようで面白く、興味がわいてきたとの事。
家族に振舞ってあげたのは小学校低学年の頃で、今考えたら見た目は酷かったようだが、美味しいと言って完食してくれたのが忘れられないのだと。
「ん? そういえば君はいま幾つなんですか?」
「今年二十八。だから店長の一個下だね」
一個下と聞いて、僕は目を丸くする。
そうか。二十八。
て事は、結婚を考えていてもおかしくない年齢だ。
もしかしたらその髪留めの持ち主と、今後そんな予定もあったりして。
考えれば考えるほど切なくなってくるから、僕はお得意の営業スマイルを作った。
「へぇ、そうなんですか? てっきり二十二、三かと」
「よく言われるー。あ、だからもうさぁ、タメ語使ってよ店長〜」
タメ語と言われて、心が揺れる。
でもそれはダメだ。
そんな風に砕けて話し始めたら随分と距離が近くなってしまう。
きちんと線引きをしておかないと。
僕は「では、そのうち」と言って適当に誤魔化し、その後もですます調で話し続けた。
高校卒業後は調理と製菓の学校へ行き、その後は店を転々としながら修行して今の店に落ち着いたのだという。
僕も森下くんも、きっかけは違えど目指しているところは一緒だ。
服を通して、食を通して、幸せになってもらえる人が一人でも多くなるように。
「参考までに聞くんだけど、店長はどこら辺が気に入ってうちの店に来てくれてるの?」
実は君が気に入って、だなんて言えるわけないよな。
「そうですね……料理はもちろん美味しいんですけど、細かい所まで目が向けられている所が好きです。誰にも見られないような所まで丁寧にしているというか。例えば壁棚に飾られた小物とか、来る度に場所が変わってる。あれって、掃除がちゃんと行き届いてるっていう証拠ですよね」
「へぇ、流石、そういう細かい所までよく見てるんだね〜」
「あとはカフェボードに描かれてる字やメニューが目を惹きますね。上手に描いてるなぁと、いつも感心します」
「ほんとっ? それ俺が描いてるんだよ! よっしゃー褒められた〜」
「えっ、君が?」
「絵も昔から好きでさ。そういうの教えてくれる教室紹介してもらって習ってるうちに、描けるようになったんだ」
てっきり女性が描いているのかと思い込んでいた。
森下くんメモがもう一つ増えた。
今度描いている姿を見せて貰いたい。
森下くんは褒められた事にすっかり上機嫌になりながら、ビールの缶を一気に飲み干した。
「そうやって言ってもらえて嬉しい。俺、あの店をくつろげる店にしたいんだ。一人でも入店しやすくて、長居していたくなるような。だからもっとこうした方がいいとかあったら言ってよ! 接客に関する事でも」
「接客ですか?」
「うん。だって店長、よく見てるじゃん、俺の事」
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