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第19話

「てーんちょっ」 「はっ」  笑顔の森下くんがすぐそばにいて、思わず後ずさる。  心臓が止まったかと思った。 「あぁごめん、驚いた?」 「あ、はい。どうしたんですか? 休憩?」  ずれた眼鏡をクイッと押さえる。  会いたい会いたいと思ってしまっていたから、その念力で本人を引き寄せたんだろうか。  森下くんはいつもの格好に、手には小さなハンドバックを持っていたから、きっと両替に行くんだろうと察する。 「ん、ちょっと両替に。で、昨日聞き忘れた事があったなと思ってお店に寄ってみた」 「はい、なんですか」 「映画の時間、午前と午後どっちがいい?」 「えっ」  そんな事をわざわざ言いに? メールで済む話じゃないの?  森下くんは相変わらずにこにこしている。  もしかして、そうやって理由を付けて僕に会いに来てくれた、とか?  そんな風に期待せずにはいられない。 「あー……えっと、どうしましょう、どちらでも」  視線をさ迷わせていると、先ほどレジで会計を済ませたお客様が店から出てくるのが見えたので、僕はお礼を言いながらお辞儀をした。  女性は柔和に微笑んで、僕と森下くんを見ながら少し頭を下げてベビーカーを押して去っていった。  森下くんはしばらくしてから「ごめんね」と言った。 「やっぱり忙しそうだから、夜とかにまた連絡するわ。なんか店長の顔が見たくなって来ただけ。じゃあね」 「えっっ」  森下くんは僕の返答は待たずに、颯爽とその場を後にした。  僕は何回、ビックリさせられればいいのだろう。  かーっと熱湯が注がれたように顔が熱くなり、もうレイアウトどころではなくなってしまった。  僕の顔が見たくなったって、どういう意味だろうか?  そんな風に安易に言わないでほしい。ますます好きになっちゃうから。  またしても表情筋がゆるゆるになったまま店に戻ると、八代くんにさっきと同じように揶揄われたのだった。

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