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第25話

 森下くんは心当たりが無いといった感じでポケットに手を突っ込み、鍵を取り出した。  一体誰が部屋にいるのだろうか。  考えられる事とすれば……母親?  ブンブンと首を横に振る。  誰かは分かっているのに、自分が傷つかないようにとぼけた振りをする自分に辟易する。  きっと彼女だ。あの髪留めの持ち主。……たぶん、結婚する予定の。  鍵を開けてドアを開けると、案の定、三和土の上に山吹色のパンプスが綺麗に揃えて置いてあった。  そしてすぐに奥から若い女性が顔を覗かせた。 「あっごめん、勝手にお邪魔してる」 「何してんだよ。来るなら連絡してくれればいいのに」 「したよ。でも全然既読付かないんだもん」 「えっ、マジで?」  お互い完全に気を許したような話し方をしていて、僕は思ってた以上にショックを受けた。  森下くんは慌ててスマホを取り出し確認する。  今日一緒にいたけど、彼は僕に気を使ってか、スマホを見る事は一切していなかった。  森下くんがそうしている間に、彼女は僕に向かって少し頭を下げた。 「あ、どうもこんばんはー」  小柄で綺麗な人だ。  ストライプのシャツにテーパードパンツを履いている。髪も綺麗にアップされているから、仕事帰りだろうか。  森下くんは彼女からのメールをすべて確認できたようで、もう一度ポケットにスマホをしまった。 「えー、お前食材買って来ちゃったの? 俺もさっき買っちゃったところなんだけど」 「だって安かったから。でもそんなに買ってないよ。じゃがいもとか玉ねぎとか」 「俺も同じの買っちゃったよ。あーあ。まぁいっか、みんなで食べれば」 「あぁうん、そうだね。宜しければご一緒に」  森下くんも彼女さんも、ごく自然に僕を見る。  ご一緒に、とはどういう事だろうか。  もしかして、三人でという意味?  え、やだ。  はっきり言って、嫌です。  僕は無言で持っていた荷物を全て森下くんに手渡した。  森下くんはとりあえず笑顔のまま受け取るけど、こちらの意図を汲み取っていないようだ。 「帰ります。今日は、ありがとうございました」  目を見ずにそういい、僕はドアレバーを押して外に出て走り出した。  (どうしよう… 変に思われただろうか……?!)  実際に彼女さんを見たら、とんでもなく動揺してしまった。  心なしかあの彼女、森下くんに顔が似ていたし。  長く一緒にいるパートナーとは顔が似てくるとは聞いたことがあったが、その通りだった。  森下くんの彼女に対する視線や砕けた話し方で、どれだけ大事に思っているのかってことがヒシヒシと伝わって来てしまった。それに僕は嫉妬したのだ。  本当は余裕の表情で「ええ、ぜひご一緒に」と言うべきだったのに。  まずいと思いながらも、足は止まらなかった。  大変な事をしてしまった、と血の気が引いていく。  (そうだ! お腹が痛くなってしまったとメールを入れよう。すぐに入れれば怪しまれないはずだ)  少しペースを弱めて、バッグからスマホを取り出そうとしたその時、背後から聞き慣れた男の声が聞こえてきた。 「てんちょおぉぉ!」

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