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第26話
ぎょっとして振り向けば、森下くんが全速力でこちらに走ってくるのが見えた。
それを見て僕もまた駆け出した。
「えっ、店長待ってよ! 止まってよ!」
逃げられる事が想定外だったのか、森下くんも焦ったように言って僕を捕まえようとする。
止まりたいけど、足は言うことを聞かない。
森下くんから何かを直接言われるのが怖いからだ。傷付きたくないなら、逃げるしかない。
側から見れば何事かと思うだろう。大の男が二人、夜の街を駆け抜けている。
「店長っ!」
足は森下くんの方が早かったみたいだ。
あっという間にその手に掴まれて、僕は咄嗟に腕を引きながら準備していた言い訳を早口で伝えた。
「あのっ、お腹が痛くなってしまったので、今日はこれでっ」
「嘘だろ? あんずが来てたから気遣ってんだろ。向こうが勝手に来てたんだから気にしなくていいよ」
あんず。あんずというのか、君の愛する人は。
頭でその名を繰り返しているうちに、果物の杏子が出てきて、そういえばちゃんと目にしたのはいつだったっけと馬鹿なことを考えているうちに、もう片方の手首も捕らえられてしまった。
「たまにあるんだよ。急に来たりする事。もし一緒には嫌だっていうなら、二人で外に食べに行ってもいいから」
「いえ、森下くんは、あの方と一緒に食事をして下さい。今日は本当に楽しかったです」
「なんでっ! 店長の思ってる事、ちゃんと言ってよ!」
そう言われて、外していた視線を森下くんに移した。
森下くんは少し怒っているようだった。
僕の行動が幼稚で理解できないのかもしれない。
こんな気持ち、話せる訳が無い。
僕は君が好きだけど、君の幸せを壊したい訳じゃ無い。なのに今僕は、彼女を見ただけで拗ねている。拗ねて、結果的に君の気をひこうとしている。そんな愚かな行為をしているのだ。
恥ずかしくて耐えられない。
こんな事、三十路前の男がするもんじゃない。
「店長」
急かされるように森下くんの手に力がぎゅっと入る。
僕はふぅと一息吐いてから、また早口で告げた。
「せっかくのお二人の時間を、僕が邪魔するわけには行きません。離れて暮らしているんでしょう? 僕とはいつでも会おうと思えば会えますし、今日は彼女さんと一緒に過ごしてあげて下さい」
少し、ぶっきらぼうな言い方になってしまっただろうか。森下くんの手がゆっくり離れて行った。
そして何故か、クスクスと笑われる。
何か変なことを言っただろうか。
心配になっていると、森下くんはもう一度「一緒に行こう」と言って僕の手を引いて歩き出した。
「あれ、彼女じゃないよ。妹!」
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