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第27話

「はじめまして。森下 (あんず)です」 「青山です。先程は大変失礼致しました」  森下くんのアパートに戻ってきた僕は部屋に上がり、杏さんの前で正座をしてペコペコと頭を下げる。  ひたすら自意識過剰な勘違いが恥ずかしく、なかなか杏さんの方を見られない。 「あんな人の彼女だなんて絶対嫌ですよー。口煩いし、イビキもすごいし」 「おい、聞こえてんぞ」  キッチンにいる森下くんは、舞茸を手で毟りながら苦笑う。手伝おうとしたものの、杏さんと喋っててと言われてしまったので、大人しく待っている事にした。 「すみません、急に来てしまって。お兄ちゃん、自分じゃほとんど料理しないって言うので、たまに作りに来てるんです。両親は遠くに住んでいるので、代わりに私が」 「そうですか。仲が良いんですね」 「ぜんっぜん。彼氏がなかなか出来なくて暇だから来てるだけだって」  また森下くんは笑いながら突っ込むと杏さんはギロリとそちらを睨み「いい感じになってる人はいますー」と唇を尖らせる。  その時、横を向いた杏さんの髪にバレッタがしてあるのが見えた。  それは紛れもなく前に見た、アンティーク風の透かしレースの金のバレッタだった。  僕はホッと胸を撫で下ろす。  杏さんは森下くんの二個下で、ここから車で三十分くらい行った所にあるアパートで一人暮らしをしているそうだ。  実家で毎日顔を合わせていた頃より、たまに会う今の方がよく話すようになったという。  僕の事も色々と話している最中、森下くんが天ぷらを揚げ始め、部屋の中が換気扇の回る音とパチパチと油の跳ねる音でいっぱいになったのを良いことに、杏さんにこっそり聞いて見ることにした。 「あの、森下くんっていま彼女はいるんでしょうか」 「いえ、いないと思いますよ。三年くらい前、付き合ってた彼女に振られてからは特に」 「へぇ……どうして別れてしまったんでしょうか」 「お兄ちゃんと彼女さんのお休みが合わなくてすれ違いが多くなったからだって言ってましたよ。サービス業だと土日祝日は出勤ですもんね」  なんともあるあるな別れ方だ。  その点僕は有利なのかな、なんて一瞬思ってしまった事も恥ずかしくなる。  テーブルいっぱいにお皿が並べられた。エビや舞茸や玉ねぎの天ぷら、そしてネギとチャーシューの入った温かい蕎麦が目に前に出される。  湯気で眼鏡が曇り、一旦外してティッシュで拭いていると、杏さんは声をあげた。 「青山さん、眼鏡外すとまた雰囲気変わりますね。ますますカッコよく見える。ねぇお兄ちゃん」

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