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第28話

   ぼやーっと目に映る森下くんの表情はどんなものか分からなかったが、僕を見てすぐに視線を外されたのは分かった。 「うん、そうだな。じゃあ食べよっか」  軽く受け流されてしまったので、ちょっと拍子抜けする。というか、心なしか冷たい声に聴こえた。 『うん、カッコいいよ』だなんて言われたい訳では無いけど、僕にはそんなに興味がないのだなぁと分かると少々落ち込んで、さっきみたいに拗ねたくなってしまう。  僕はゆっくりと眼鏡を掛け直し、気を取り直して箸を手に持つ。  野菜や海老の天ぷらはサクサクで、蕎麦も出汁がよく出ていて美味しかったし、スープも全て飲み干した頃には気持ちよく汗をかいていた。  森下くんと杏さんは、一分に一度は相手を貶すようなことを言い合っていて、それがまたおかしくて笑った。  買っておいたプリンを食べながら、ウノや大富豪をしてひとしきり笑い合った後、杏さんはそろそろ帰ると言って支度を始めた。   「では青山さん、ぜひまた一緒にご飯でも」 「はい、ぜひ。杏さん、お気を付けて」  車で来ている杏さんと一緒に森下くんも外に出ていったので、一人部屋に残された僕は片付けをしながら帰り支度を済ませた。  こうして誰かの家にお邪魔するのは久々で、充実感で胸がいっぱいだ。  床にトランプカードが一枚落ちていたので、拾ってケースに戻した。  森下くんは、色んな手法でわざと仕掛けてくる杏さんに向かって散々「マジでうざい」だの「お前は可愛げがないんだよなぁ」と言っていたけど、すぐそこにあるパーキングに付いていくぐらいだし、結局は妹を溺愛しているようだ。  戻ってきた森下くんは、上着を着た状態の僕を見て目を丸くした。 「え、店長帰っちゃうの? 泊まっていけばいいのに」 「いえいえ、明日も仕事ですし、今日はこれで」 「ふぅん、残念。じゃあ駅まで送っていくよ」 「そんな、大丈夫ですよ」 「いいよいいよ」  丁重にお断りしたにもかかわらず、森下くんは構わず僕と一緒に部屋を出て、ドアに鍵を掛けてしまった。  たおやかで、柔らかな眼差し。  君はあとどれくらい、僕をドキドキさせれば気が済むのだろうか。  僕に興味が無いのなら、あまり優しくしないでほしいのに。  駅に向かうまでの間、お互い自然と杏さんの話題を出していた。 「杏は今はもう健康だけど、小さい頃は体弱かったんだ。しょっちゅう熱出したり喘息の発作起こして、夜間に病院に駆け込むっていうのも日常茶飯事。留守番頼まれてる時に限って具合悪くすることもあったから、そういう時は俺が看病したり面倒見てて」 「あぁ、そうだったんですね。それは心細かったですね」 「でもそれもあって料理が好きになったっていうのもある。元気になるには、ちゃんと休むことと体に良いものを口にすることだから」 「森下くんには本当に頭が下がります」 「やめてよ。照れるじゃん」  そう言いながらやっぱり満更でもなさそうな森下くんは笑った。   「その頃の癖が抜けてなくて、つい杏に構っちゃうのかもしれないな。ブラコン入ってるかも。店長、俺たち見てどう思った?」 「仲が良くていい兄妹だなと思いましたよ。家族といつまでも笑い合える関係は本当に羨ましいです」  つい本音を漏らしてしまって、ハッとする。  僕がずっと実家に帰らない理由を森下くんは知らない。  今の言い方だと、自分の家庭環境に問題があると断言しているようなものだ。    

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