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第29話
好きだから、森下くんには知られたくない。
僕がゲイで、母親とは本音で語り合うことが出来ず、霞がかったみたいにぼんやりとした関係を続けていること。
お互いを纏う空気の濃度が増していく。
森下くんの顔は見えないけど、やはり僕を気遣って次の言葉を慎重に探している気配はある。
せっかくいい気分で部屋を出てきたのに、またモヤモヤとさせては台無しだ。
言ってみようか。どうせ森下くんは僕に興味が無いのだから。
少し諦めにも似た気持ちで口を開こうとした時だった。
「──俺は店長の辛さとか、分かってあげたいって思う」
急に歩を止めた森下くんは、ポツッと呟いた。
辛さ……僕の辛さを?
「知り合ってまだ間もないけど、俺は店長の力になりたいって思ってるよ。だからもし、店長が辛い気持ちを抱えてるんだったら、吐き出してよ。俺、受け止めてあげるから」
森下くんは言いながら、僕に向かって両手を広げた。
まるで飛び込んでこいよ、と言わんばかりに。
それはネタなのか、本気でやっているのか。
今の僕なら、飛び込んでいきたい気持ちは満々だけど。
僕はクスクスと笑いを堪えた。
「それはすごく、心強いです」
「あ、痛い奴だとか思った?」
「いえいえ、そんな事思ってないですよ」
「本気で言ってるのになぁ。俺、店長に興味津々だから、相談でも何でも話してくれたら嬉しい」
興味津々と言われ舞い上がりそうになるが、さっき眼鏡を外した時の森下くんの反応は忘れていない。
「部屋で僕が眼鏡外した時、素っ気なかったじゃないですか」
「え?」
「杏さんに、眼鏡外した僕の姿は雰囲気変わるねって振られて」
「それは違うよ! 前から、眼鏡外した店長も本当に格好いいなって思ってたから、気恥ずかしくなっただけ。杏もいたし、どうやって言えばいいか分からなくて」
えっ、と僕は森下くんと同じくらいに少々狼狽て、唇を噛む。
僕たちは挙動不審に「そうですか」「そうだよ」「どうも」なんて言い合いながら、ペコペコと頭を下げて顔を背けた。
誤解が解けたところで、再び二人で歩き出す。
嬉しい。
そして僕はやっぱり、可笑しくてクスクスと笑ってしまった。
なんだか今日僕、一人で勝手に過剰に妄想して、勝手に傷付いたりしてる。
怯えなくたっていいのか。
吹っ切れた僕は、口の端を上げたまま切り出した。
「僕、普通の人と違ってちょっと変なんですよね。同性が好きなんです」
思っていたより、すんなりと言えた。
僕は森下くんに何か言われる前に続ける。
「物心ついた頃からそうで。それが昔、母親にバレてしまって、まぁ、簡単には受け入れられなかったんでしょうね。あの日から腫れ物に触るような態度しか出来なくて、いまだにお互い逃げ回っているって話です」
実際にそう口に出したのは初めてなので、少しは動揺したが。
そうだ。僕は逃げている。今も昔もずっと。だからいつまでも一人きり。
「そうだったんだ。俺、てっきり親に虐待とかされてたのかもって勘繰ってた。そういう事だったら良かった。安心した」
は、と声にならない声を出した僕は森下くんを見る。
その顔や声に少しも嫌悪な色を持ち合わせていなかった。
あぁでも、このシーンに既視感を覚える。
昔好きだったあの人。告白した瞬間こそは笑ってくれたけど、次の日は目も見てくれなかった。自分の過剰な思い込みだと信じたいけど、森下くんも同じ事をするんじゃないかと不安になる。
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