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第30話
秘密を告げてしまった事をやはり悔やんだ。
だが森下くんは、また明るい声で僕に話しかけてくれた。
「そういうセンシティブなことってなかなか一筋縄ではいかないよね。俺、友達にも一人そういう奴いてさ。そいつも、周りにバレないように取り繕ってるんだけど、たまに疲れるって言ってた。そういう時は、とにかくパートナーと一緒にいて癒されるんだって」
へらっと笑う森下くんを見て、僕の方も癒されてしまった。
「……そうなんですか」
「人と少し違うところを理解してもらうのって、たぶん時間がかかるんだと思う。隠したくなるのも当たり前。だから店長、自分のこと変だなんて思わなくていいよ」
まさかそんな風にアドバイスをくれるだなんて思ってもみなかった。
喉につっかえていた小骨がすっと取れたような気がする。
そんなに深刻に悩むことでもなかったのかもしれない。
「それに、そんな自分はおかしいって言うのは、全国民の同性が好きな人たちをバカにしてることになるよ。特殊だって言われてるような恋愛をしている人達はみんな変人なの?」
「い、いえ、さっきのは、言葉の綾で……」
「諦めなければ、店長の家族とも分かり合える日が来るよきっと」
ぽん、と僕の肩を叩いてから、歩き出す森下くんの背中を僕は立ち止まってジッと見る。
──あれ、退 かなかった……のかな。
明日からも、僕と目を合わせてくれるのかな。
森下くんと話せなくなるのは嫌だ。
僕は確認のため、距離を縮めて隣に並んだ。
「退きませんでしたか? 僕の話を聞いて」
「退かないよ。というか聞いて良かったかも。だって同性の俺の事を好きになってくれる可能性もあるかもしれないって事でしょ?」
「はい⁈」
「なんてね。こんな事言われても困るよね。とにかく、俺はこれからも店長と仲良くしていきたいよ」
この子は、自分が何を言ってるのか分かってるのだろうか。
良かったと言われて、自惚れそうになる自分を叱咤する。森下くんももしかして、なんて事が頭を掠めてしまって辟易した。
もうすでに好きになってますけど……ここで君に告白してあげましょうか⁈
そうなったらなったで君はあたふたすると思いますけど。
「困ったことがあったら遠慮なく言ってね。俺に出来ることがあれば協力するからね」
「……はい」
なぜか手を差し出されたので、僕は困ったように笑って、その手を握った。
細長い指ながらも骨張っていて、ゴツゴツとしていた。思い荷物も軽々と持ち上げてしまいそうな腕。
「今日は本当に楽しかった! またメシ食ったり、遊んだりしようね!」
「はい、ぜひ」
屈託なく笑うこの人は幼く見えるけど、僕よりも随分と逞しくて立派で、頼りがいがあった。
その腕に体を包まれる妄想をしながら、僕は電車の中でずっと自分の手の平を見ていた。
話してしまった、僕の秘密。でも彼はちゃんと受け入れてくれた。
そんな人が現れるだなんて、人生でごく稀だ。大事にしないといけない。
だからこの気持ちも抑えなければならない。
うっかり好きだと言って困らせて、取り返しの付かない事になるのはもう沢山です。
けれど結局、顔が綻ぶのを抑えられなかった。
たまには眼鏡をやめて、コンタクトにしてみようか。そんなふうに考えずにはいられないのであった。
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