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第6話 月曜日、朝

 月曜。  朝、俺はスーツを身につけて鏡の前に立っていた。  それなりに大きな企業のサラリーマン、という真面目な肩書きの俺は、普段はきっちりと髪を分けて、皺一つないスーツに身を包んだ会社員に過ぎない。  人事異動で部署が変更になり、支店を移動することになった。引っ越しはそれなりに大変だった。仕事が始まる前に、とこちらで初めて寝た相手が悠だった。土日はゆっくり過ごし、そして、今日は移動して初出勤の日だ。  感じのいい挨拶をする技術は身につけている。どんな職場でも上手くやれる自信は有った。俺は鏡の前で笑顔を作って、会社へと向かう。  予定の15分前には会社に着いて、新しい職場への挨拶をする。上司になる部長や係長は良さそうな人で安心した。一応俺にとっては、今回の移動は栄転というやつだ。ここの支店は売上の高いやり手がいるというから、そいつの元で補佐をして、ゆくゆくはこの会社を更に盛り上げていってほしい、とは前の上司の言葉だ。  俺は特段仕事人間というわけでもないが、遊ぶ金のためなら努力できる男だ。ここでも上手く立ち回って、いい給料をもらって週末は男を漁ろう。そんな事を考えていた。 「ああ、紹介するよ。東雲(しののめ)君」  そいつと出会うまでは。 「宮﨑君。彼は、東雲悠月(しののめゆづき)君。今日から君の上司になる人だ」  少し茶色い、ふわりとした髪。とろんとした眼差し。眼鏡をかけた、白い肌の、美青年。  俺はその、東雲悠月を見て、硬直していた。  悠、じゃん。  悠って、まんま、名前から一字取ってるじゃん……。  俺はどんな顔をしてたろうか。悠は……俺を無表情で真っ直ぐ見ていた。そこには、あの日見せていた蕩けた姿など、欠片も、微塵も無かった。 「東雲君、この子が宮﨑(かなめ)君だよ、今日から指導の方を頼むね」  俺の本名が呼ばれる。そう、俺は檜山なんかじゃあない。宮﨑要だ。悠は少しして、「よろしく、宮﨑」と淡々と挨拶をしてきた。  俺は、これからこの会社でどうなるんだ。  一通り悠は会社の案内をしてくれて、午前はそれで終わった。居心地は良さそうな会社でよかった。問題は、めちゃくちゃに気まずい相手が直属の先輩になってしまった事ぐらいだ。  最後に悠は、俺をとある部屋に案内した。使っていない会議室のようだ。どうしてこんなところに、と思っていると、部屋の扉を閉められて、彼は「お前」と俺を睨みつけて来た。 「先週の事は、誰にも口外するなよ……!」  口止めのようだ。 「し、しないよ」 「私は上司だ、敬語を使え」 「……し、しません」  悠はあの日の可愛い姿が嘘のように、俺に敵意を剥き出しにしてきた。 「あ、あれは、あれは気の迷いだったんだ」 「はぁ……」 「もうすぐ30だと思うと、気が弱って……メールしてしまって……引っ込みがつかなくなってしまっただけで……。いいな、絶対に、誰にも言うな、そして態度にも出すな」 「はぁ……」 「返事は、はいだ」 「……はい……」  別にこの会社で揉めたいわけでもないから、素直に頷いた。まあ、悠がそれがいいなら、俺も別に事を荒立てる気もない。  ただ。 「あの」 「なんだ」 「お誕生日、いつなんです?」 「……」  悠は一瞬だけ動揺して、それから黙って会議室を出てしまった。

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