それからの一週間は大変だった。 　悠は鬼上司の類だった。あれもできないのか、これもできないのかの叱責の嵐だ。俺じゃなかったら泣いて逃げ出してるかもしれない。 　特に厳しいのは「５Ｗ１Ｈ」についてで、人に伝える時はきっちり伝えろと何度も言われた。まあ、その通りだ。悠の言っている内容自体は正しいし、ビシバシ厳しく言われても俺は「はいはい」と頷いて、対応する。 　その態度がまた気に入らないのか、悠からの風当たりは強くなる一方だけど、風っていうのは柳になれば大したもんじゃあない。 　それに、俺は悠がどんなに厳しくして来たって、知ってる。彼がどれだけ可愛かったか。 　悠は確かに仕事のできる男だろう。頭もキレる。ただ、とにかく人付き合いが下手くそだ。上司に気に入られようとか、同僚と円滑な人間関係を築こうとか、そういうことがあまりできてない。移動して来たばかりの俺の方が、「東雲さんの下だと大変でしょう、あの人のところに来た新人、みんなすぐ辞めちゃうんですよ」と同情されて打ち解けるぐらいだ。 　悠はこの会社では仕事はできるが付き合いにくい人間のようで、それは悠にとって、すごく勿体無いことだと俺は思う。あんなに仕事ができて、おまけに可愛いのに。素直になれば、恋人だってできたろうし、こんな見知らぬ男に処女を預けて、弱味を握られたりもしなかったろうに。 　ただ俺は別に、それを盾に悠を脅したり、踏ん反り返ったりするつもりはない。一夜の関係っていうのはそういうものだと思ってたし、悠が無かったことにしたいなら、俺もそうする。だから、俺たちは何事も無かったかのように鬼上司と部下だった。 　金曜の昼休憩までは。 　食堂で他の社員と親睦を深めながら飯を食っている時に、スマホにメールが届いたのだ。 『今夜、会えますか』 　差出人は、悠だった。 　きょろ、と食堂を見渡すと、隅っこの方で一人で飯を食っている彼が見えた。そういう時は、彼の背中が随分小さく見える。 『いいよ』 　すぐにそれだけ返すと、遠くに見える悠が、スマホを見て、操作している。少しして、またメールが来た。 『午後２１時、駅の改札前、噴水の前で』 　それから、ややしてもう一通。 『誕生日なので、好きなように可愛がってやってください』 　それが甘える時の態度かねえ。俺は少々呆れていたけど、誕生日プレゼントにセックスが欲しいというなら、たっぷりあげようじゃないか。この１週間、みっちりいじめられた分、みっちり可愛がってやろう。 　それから俺は少々意地悪なメールを返した。『具体的には、どうしてほしい？ 言ってもらえないとわからないよ』と。それから遠くの悠を眺めた。 　悠はスマホを見て動揺した様子で壁やら天井やら飯やら、とにかく落ち着かない様子で見て、長々と悩んでからスマホを操作した。 『前みたいにしてほしいです』 　散々悩んで返事がそれか。まだ本心を隠してるな、と俺はニヤニヤしながら更に返す。 『それだけで、いいの？』 　俺は気付いてる。悠は少々マゾっ気がある。前回だって、言葉でいじめられた方が濡れてたじゃないか。本当はただのセックスじゃなくて、いじめられたいんだろ。最早このやり取りもプレイの一環だ。 　頬杖をついて、悠を見る。彼は長い時間俯いて、それからぽちぽちとスマホをいじった。 『ひどいこと、してください。縛ったりしてもらえると、嬉しいです』 　遠くで、悠が顔を赤らめて、俯いていた。