21 / 35

第21話

あれから青葉は本当に一度も顔を出さなくなった。 離れてみて分かった事なのだが、青葉の教室と俺の教室はかなり離れていた。 短い休み時間に来るには結構大変な距離だ。 それを毎日続けてくれてたんだ。 俺の家に来る時も俺に遠慮して自力で来てくれていた。 家遠いクセに、使用人が運転してくれる車があるクセに、バカだよ。 千紗。 青葉だけが呼ぶ名前。勿論家族にも呼ばれるが、家族以外に呼ばれたのは初めてだった。 優しく撫でてくれる指が手が好きだった。 甘く脳をも溶かす低音が心地好くて好きだった。 俺を見る眼差しが、声が、笑顔が、温もりが、全部全部、大好きだった。 好き……だったんだ。 凛茉、よりも。ずっと。 「時雨。時雨……っ」 涙が止まらない。 もう逢えないのか? 逢いたいよ、逢って声が聞きたい。 千紗って呼ばれたい。 「どこ行くの?」 昼休み、昼食も食べず席を立った俺に凛茉が聞く。 「ごめん」 謝り、俺は青葉の教室に向かった。 「青葉?来てませんよ」 「え、来てない?」 「はい。最近ずっと休んでます」 一体どういう事だ? あの日、青葉にバレた日から青葉は学校に来ていない。 なんだろう?逢わなきゃいけない気がする。 今すぐ青葉に逢いたい。 職員室に向かい早退を告げると、急いで俺は青葉の家に向かった。 が、バカだ俺。 逢えるワケない。 玄関の呼び鈴を鳴らしたが門前払いされた。 その日から俺は学校以外の時間は青葉の家の玄関前に来る様になった。 タイミングが悪いのか青葉とは一度も逢えず、日にちだけが過ぎた。 途方に暮れた俺は学校を休み、フラフラ駅や公園、ショッピングモール等、青葉が行きそうな所を歩き回った。 コンビニに近付いた瞬間香った匂い。 ………………っ、知ってる。これ青葉の匂いだ。 何処?何処に居るんだ? 慌てて周囲を見渡すと 「あお……ば?」 青葉は知らない女性と一緒に居た。 誰? 後ろ姿だった為青葉には気付かれていないが、確認しなくても分かる。 あれは青葉だ。 髪の長いスラリとした女性が青葉の腕に自分の腕を絡めて歩いていた。 親しげに会話をする2人。 楽しそうな雰囲気に胸がズキズキ傷んだ。 なんだ、俺じゃなくても良かったんだ。 俺しか要らないって、俺しか愛せないって言ったクセに。 「……嫌だよ。こんなのヤダ」 涙腺が崩壊したみたいに涙が止まらない。 苦しくて哀しくて、もう…どうしたら良いのか分からない。 だけど1つだけしなきゃいけない事が分かった。 それは凛茉と別れる事。 凛茉の事は好きだ。 世界一可愛い俺だけの天使。 ずっと一緒に居たいし、側に置いておきたい。 でもそれじゃダメなんだ。 それじゃ前に進めない。 青葉と向き合うのなら、凛茉と別れなければいけないんだ。 別れたくない。 好きなんだよ凛茉。 泣きそうで苦しかったが 「凛茉、話があるんだ」 断腸の思いで別れを告げた。 一方的に別れたせいで凛茉は怒り狂い、俺から離れた。 三浦は時々側に来てくれるが、凛茉が怒る為殆ど近付かなくなった。 今迄ずっと2人とばかり居た為、学校に行っても連む人等居ない。 寂しくてLINEをするが、凛茉からの返事は来ない。 凛茉は既読無視をするが既読マークが付くからブロック迄はしていないって事だろう。 三浦は教室では話さないが、LINEの中では話してくれた。 それが唯一の救いだが、やはり寂しさは紛れなくて俺は読書に逃げた。 以前青葉の家で見た洋書を購入し、辞書片手に読んだ。 余りに難しいソレは常に辞書を開かなければならず必死になれた為、良い時間潰しになった。 前を向かず、本ばかり読む。 まるで中学に戻ったみたいだ。 あの頃は本さえ読んでれば寂しくなかった。 寧ろ楽しくて図書館中の本を読み漁っていた。 なのに、一度優しくて温かい幸せを知ってしまってはもう、本だけじゃ無理だった。 ポタリ机に零れた雫。 寂しい。 寂しくて哀しくて、どうにかなりそうだ。 一度溢れたらなかなか止まらなくて、本を閉じ、机に頭を伏せた。 ヒックヒック、止まらない涙。 早く泣き止まないともうすぐ授業が始まる。 ゴシゴシ目を擦っていると 「…………え?」 三浦に抱き上げられた。 「三浦?」 無言で歩き出した三浦は、屋上に俺を連れて行った。 辿り着くなり降ろされ、三浦は壁に身体を預けると 「おいで?」 手を広げてくれた。 「……………………っ」 先程より溢れる涙。 泣きながら俺は三浦の胸に飛び込んだ。 「三浦の匂いがする」 「まぁ、抱き締めてるからな」 スンスン嗅ぐと 「あまり嗅ぐなって」 苦笑された。 「…………寂しかった」 素直に口に出すと 「そっか。悪かったな」 頭を撫でながらキスをしてくれた。 チュッ、チュッ。久しぶりに感じる温もり。 気持ち良い。 「お前キス好きだな」 「うん。好き」 甘える様強請ると 「ほんっと可愛い」 舌を絡められた。 「ん、ふ。んんっ」 混ざり合う唾液が甘くて美味しい。 撫でてくれる手と指が優しくて気持ち良い。 「……っん、三浦。三浦ぁ…………ふぅ、んん」 久しぶりに与えられる抱擁は幸せで、俺は時間を忘れて三浦とキスを続けた。 「あ~もう全部無理。俺やっぱお前好きだわ。一緒に居たいし、側に居たい。沢山話したいし、触れ合いたい」 「三浦?」 キスの後三浦は一気に口走ると 「俺明日から今迄通りお前と一緒に居るから」 ふわり微笑んだ。 それ以来三浦は本当に以前と同じ様に戻った。 体育の時間も休み時間も側に居てくれるし、そして登下校も一緒にしてくれる様になった。 お陰で本を読む必要は無くなったのだが、続きが気になるから自宅で読んでいる。 三浦が親友として戻ってきてくれたお陰で楽しくなった学校。 でもまだ学校に青葉は来なかった。 青葉の事だから無断欠席ではなく休学届けを出しているとは思うのだが、やはり心配だ。 このまま辞めてしまうのではないか、もう一生逢えないのでは? 不安ばかりが押し寄せる。 「もう、逢えないのかな?完全に嫌われちゃったのかな?」 自分の呟きに涙が溢れる。 青葉に逢ってから俺は泣き虫になった。 青葉を想うと自然に溢れてくる。 「敵に塩を送るみたいで言いたくなかったんだけど、アイツ……まだお前の事好きだぞ」 ………………え? 「毎朝玄関前にダンボールで新品の靴や体操服や様々な道具が置いてあるんだ。で、夜22時過ぎ青葉の家の使用人が来て余った新品と鳴海の使用済みが入った袋を持って帰ってる」 嘘? 「それって毎日?」 「お前が休みの日と学校が休みの日は違うけど、それ以外は毎日だな」 「言われてみれば体操服とか色々ずっと綺麗だった気がする様な?なんか感覚麻痺してて気付かなかった」 「ばぁ~か。麻痺し過ぎだボケ」 ピンッ、軽くデコピンされ 「バカだな俺」 笑った。 良かった。 嬉しい。 まだ、完全には嫌われてなかった。 「好きなのか?青葉の事」 「うん」 「そっか。だから白水を振ったんだな」 「うん」 はぁ。 ん?溜め息? 「白水の次は青葉か。俺つくづく報われない」 三浦? 「どうした?」 「あのさ、もしもだけど、もしも俺がお前に告白したらどうする?」 ん?何それ。 「三浦はスッゴイ好きだし大好きだけど親友だから好きの意味が違うだろ?」 「だよな。親友……だもんな。そう…………だよな」 「どうした?」 ガッカリしてるし、ほんっとどうした三浦。 「俺一生恋愛出来そうにないわぁ」 何だそれ? 「俺三浦に好かれる人間って絶対幸せだと思うぞ?三浦格好良いし優しいしキス上手だし。スッゲェ大事にしてくれそう。俺お前に好きな人出来たら絶対応援する。安心しろって、三浦振る様なバカな奴そうそう居ないって」 「…………………………もう止めて?」 ん? 「俺の心はズタボロです」 お~い、三浦。ほんっとどうした? 「告白もさせて貰えない」 ガックリ肩を落として呟いたが、誰に告白失敗したんだろう。 「三浦?」 名前を呼ぶと 「取り敢えず今晩何か奢れ」 泣きそうな声で呟かれた。

ともだちにシェアしよう!