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青葉時雨の焦燥 1

初恋の相手を追い掛けて入学した高校。 漸く逢えたその人にはもう既に好きな人が居た。 それでも簡単に諦められる筈がない。 あの手この手を使ってその人を、千紗を手に入れた。 漸く恋人同士になれたのも束の間、千紗は受験の為忙しくなった。 無事大学に進学出来たが、次は俺が忙しくなった。 元から何かと煩かった家が大学入試に向けて、前にも増して煩くなったのだ。 学校だけでなく、家に帰っても家庭教師によって指導される。 それは一度覚えた事なので余り苦痛ではなかったが、同時進行で語学の勉強や会社の経営方針や現状の把握や運営等様々な事を教えられ叩き込まれ、遊ぶ暇も休む暇も与えられなかった。 お陰で殆ど千紗には逢えず、LINEさえ殆ど出来ずに毎日が多忙なまま過ぎ去った。 まさかその間に千紗が三浦先輩によって変えられているなんて、微塵も思わなかった。 千紗にとって三浦先輩は親友であり、それ以上でもそれ以下でもない。 それは不変であり、一生変わらないと信じていた。 だから三浦先輩が側に居ても大丈夫。 完全に油断していた。 高校を卒業し、無事合格を果たした俺は大喜びで大学に進学した。 再び其処で千紗と付き合える、そう信じて。 なのにそれは間違いだったと、入学後すぐ気付かされた。 久々に逢えるのが嬉しくてワクワクしながら向かった待ち合わせ場所。 「え、三浦先輩?」 だが其処に居たのは千紗だけではなく、三浦先輩も一緒だった。 どうして居るんだ? 三浦先輩が千紗と同じ大学に進んでいるとは知らなかった。 ましてや一緒に住んでいる事も。 「時雨、久しぶり。入学おめでとう。これから、また宜しくな?」 歓迎されたが、何かが違った。 雰囲気が変わった。 今迄の千紗は清潔感があって綺麗で儚い感じがしていた。 だが今の千紗は全然違う。 綺麗で儚い印象はそのままに、全体的に艶を帯び、まるで男を誘う様な色香を醸し出している。 なんて言うか、色っぽい。 たった1年でこんなにも変わる物なのだろうか。 久々に逢ったからか? はたまた欲求不満のせいでそう見えているだけなのだろうか? 分からない。 でもそれだけではない気がする。 「久しぶりだな青葉。ちょっと良いか?千紗、寂しいだろうけど少しだけ待ってて?」 え、今名前で呼んだ? 三浦先輩は千紗から少し離れた所に俺を呼ぶと口を開いた。 「青葉。今俺と千紗は付き合ってるんだ」 「…………え?」 「だからもう、千紗に近付かないで?千紗は俺の恋人だから」 言われた意味が分からなかった。 だが、俺にそう告げた三浦先輩はすぐさま千紗の元に戻り、そのまま千紗を連れ去った。 慌てて俺は2人を観察した。 高校と違い、人が居ない時間が少ない為監視カメラを付ける隙がない。 学年と学部が違う為なかなか逢う時間もない。 擦れ違う日々。 噂によるとあの2人は始終一緒に居るらしい。 この大学内で2人は完全にセットで見られていた。 一緒に居るのが当たり前と。 尚且つ家も一緒。 三浦先輩が側に居る時は誰とでも話しているが、居ない時は誰とも話さず目さえ合わさずに本を読んでいる。 2人が誰も居ない中庭に行くのを見た俺はコッソリ後を付けた。 周囲から完全に死角になっている木と草が生えている場所に辿り着くと、三浦先輩は千紗にキスをした。 甘える様に三浦先輩にしがみつく千紗。 「壮…嗣。ん、ふ。んぁ、好き。好き壮嗣」 「可愛いな千紗。俺も愛してるよ」 全身が凍り付いた様な気がした。 ドクドクドクドク煩い心音と嫌な汗が身体を襲う。 目の前が真っ暗で、信じられなかった。 其処に居たのは俺を好きになってくれた千紗ではなかった。 完全に身を委ね、甘え強請る可愛らしい姿。 とろり蕩けきった表情も仕草も俺と居た時とは比じゃなかった。 千紗は完全に恋に落ちている目をしていた。 嗚呼、なんて事だろうか。 いつの間にか俺は三浦先輩に恋人を盗られてしまっていたのだ。 焦燥感に駆られた。 このままではいけない。 俺には千紗が必要だ。 千紗が居ないと生きていけない。 愛してる。 千紗を取り戻すには何をしたら良い?必死に考えた。 だが、何も良い案が浮かばないまま月日だけが流れた。 取り敢えず何か行動に移そう。 そう考えた俺は大学の駅付近にマンションを借りた。 4LDKと今迄住んでいた家とは明らかに狭いが、1人で住むには充分過ぎる広さだった。 いつか千紗と一緒に住む為にベッドは大きめのサイズを特注で頼んだ。 部屋が狭いからクイーンサイズだったが、千紗は華奢で細いからこのサイズでも余裕だろう。 内装も千紗の好きな色にした。 段々揃っていく二人暮らしの家具や道具。 嗚呼、早く一緒に暮らしたい。 その思いがどんどん大きく膨らんだ。 千紗が1人になる瞬間を狙って話し掛けよう。 そう目論むが、それは至難の業だった。 どんな時も一緒に居過ぎるからだ。 片方だけ呼ばれても着いて行くし連れて行く。 休み時間は勿論、購買や食堂に行く時も、ましてやトイレに行く時でさえ離れない。 まるで見えない鎖で繋がれている様にさえ見える。 千紗に逢いに行くと 「何?青葉」 いつも最初に口を開くのはいつも三浦先輩。 いや、俺貴方に逢いに来てるワケではないんですが。 千紗は三浦先輩に遠慮してか俺が話し掛けない限り殆ど口を開かないし、目も合わせない。 嗚呼。コレ完全に振られてるな、俺。 自然消滅ってヤツか? 三浦先輩に身を委ねる仕草が堪らなく可愛い。 悔しい。 悔し過ぎて腸が煮えくり返りそうだ。 これ本当に奪い返せるのか? もうこれ無理だよな? 不安になるが、簡単に諦められる程俺は強くないし、大人じゃない。 俺はまだまだ子供だ。 欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れる。 だから待ってて、千紗。 遠くから三浦先輩を睨みながら、千紗を見て微笑んだ。

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