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2章「君の笑顔」

けたたましい音が部屋中に響き渡り、重い瞼をゆっくりと開ける。 開ききっていない目で部屋中を見渡し、ベッドの隣にあるサイドテーブルに手を伸ばすと、音の根源である目覚まし時計の解除スイッチを押す。 もぞもぞとベッドの中で動き回っていると、傍にある窓のカーテンの隙間から眩しい光が差し込み、その光は真っ直ぐに湊を照らした。 眩しさで徐々に思考がはっきりしてくる。 「あれ…ゆ、め…?」 むくりと上半身を起こし、開ききっていない瞼を擦る。 なんであんな昔の夢見たんだろ…。 今まで見たことのなかった昔の夢。 龍司と初めて会った時の夢 まだはっきりしない意識で、ぼーっと部屋の一点を見つめる。 湊はゆっくりと深呼吸をし、大きく背伸びをした。 背伸びをした事で脳が目覚めていく。 徐々にはっきりしていく意識の中で、先程見ていた夢の内容にため息が出る。 もうこれで何回目かもわからない程、何度も見た夢。 思い出したくない訳じゃない。 でも龍司と初めて会った時の事を思い出すと、自然と一緒に思い出すのが父さんの事なのだ。 思い出したいけど思い出したくない複雑な心境に、ため息をつきながら湊は布団を握った。 父さんが仕事に出かけてから10年の月日が流れた。 仕事に行ったと言える日にちとは、到底言えない日数である。 龍司に助けられてから、龍司の家でひたすら父さんの事を待ち続けた。 数分おきにこまめに窓から公園を見る日々が続いた。 朝も、昼も、夜も…。 でも、一週間経っても一か月経っても、一年経っても父さんが公園に現れる事はなかった。 そしてわかってしまったのだ。 “捨てられた”のだと。 幼い俺はひたすら泣き続けた。 何故父さんが俺を捨てたのかが、全く分からなかったからだ。 母さんが死んでから、ずっといい子にしていたつもりだった。 泣いたら父さんに迷惑かけてしまう、我儘言ったら父さんを困らせてしまう。 そう思っていたから。 俺が笑っていれば父さんも喜んでくれる。 だからどんなことがあっても笑顔でいた。 なのに、なんで?どうして? 叫ぶように龍司に迫った事もあった。 龍司はなにも話さず、じっと俺を見つめ強く抱きしめてきた。 そして一言だけ言ったのだ『俺がいるから』と 「はぁ。思い出したくなかったなぁ…」 昔の事を思い出すと、胸が締め付けられるように苦しくなる。 その時だった。 コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえ、湊は扉の方へ視線を移した。 「湊?朝だぞ。起きてるか?」 「あっ、龍司!うん、起きてる!」 ドアの向こうから聞こえた龍司の声に顔を上げると、ベッドから立ち上がり、急いで入口に向かった。 「龍司っ、おはよう!」 ドアを開けると、きっちりとスーツを着こなした龍司が柔らかい表情で立っていた。

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