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「湊。俺はそろそろ出る。悪いが、洗い物と家の事お願いしてもいいか?」
いつの間に食べきったのか、龍司は空になった食器を重ねると立ち上がり、シンクの中に静かに置いた。
「うん!今日のご飯は何がいい?」
「湊の作るご飯ならなんでもいい」
「もうっ!毎日そればっか!」
一番その返事が困るのに!
「ふっ。じゃあ行ってくる」
椅子にかけてあったジャケットを羽織ると、龍司が俺の頭を撫でてきた。
「いってらっしゃいっ!」
本当に俺どうしたんだろ…。
心臓がうるさいや
閉まったリビングのドアを見つめながら、胸元の服をぎゅっと握った。
あれから。
龍司に拾われたあの時から、俺は龍司の家の事は全てやるようにした。
別に龍司に頼まれた訳でも、強要された訳でもない。
なにかをしてないと俺がどうにかなりそうだったから。
龍司にはもちろん止められた。
お前はなにもしなくていい、俺とずっと一緒にいてくれればいいとそう言われた。
それでも俺は龍司のために何かしたかった。
ずっと父さんと二人で暮らしていた時からやっていた家事を、せめてやりたかった。
それは父さんとの思い出を忘れたくないという理由もあるけど、龍司に恩返しという形でお礼をしたかったからだ。
龍司の実家は、ただの一般的な家庭とは違い、とても裕福な家だった。
詳しい事は教えてはくれなかったけれど、日本のトップ企業の会社を経営しているという事だけは教えてくれた。
龍司は長男で、その会社の次期社長だったらしい。
“だった”というのは、その会社を継いだのではなく、新たに自分で企業をしたと以前言っていた。
何故会社を継がなかったのかは聞いていない。
龍司に実家の事を聞くと、どこか暗い表情になってしまうからだ。
朝、会社に向かう時間こそ早い訳ではないが、夜の帰りが遅い事から察するに、仕事は決して楽なものではないだろうと考えは付く。
そんな龍司の為に、俺が唯一出来る事は、家の事を全部やって美味しいごはんを作って、龍司を待ってる事だと思った。
「はぁ…」
龍司が出て行った瞬間に静寂に包まれる部屋。
白と黒を基調にした部屋には、余計なものは一切置いてなく、毎日掃除を欠かさない為もちろん部屋はピカピカだ。
完全に開ききっていないカーテンの隙間から外を見れば、昔から変わらず聳え立っているビルと、歩道をアーチの様に囲う木々の光景が見える。
そしてその風景の中、最も存在感があるのが、あの公園だった。
「早く帰ってきて、龍司」
小さく呟いた声が、やけに大きく感じた。
一人は嫌だ。
俺が孤独だと思い知らされるから
一人は嫌い。
父さんに捨てられた事を思い出してしまうから
また、捨てられるんじゃないかと…考えたくなくても思ってしまうのだ。
1人になると、何かに蝕まれそうになってしまう。
なにかに飲み込みこまれそうになる
だから
1人は嫌い。
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