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自宅を出てきた龍司は、マンションの地下駐車場へ降りた。 車に乗ったタイミングで、ジャケットのポケットに入っていた仕事用の携帯が鳴り響く。 「俺だ」 『社長、お疲れ様です。夜分遅くに申し訳ございません。T01です。』 「要件は?」 『はい。今夜のお相手は如何なさるのかと思いお電話させて頂いた次第でございます』 電話から聞こえる聞きなれた感情のない声に、先ほどまで触れていた湊の事を思い出す。 「…。」 『社長、如何なされましたか?』 「お前は随分と興がそがれる事を言う」 車のエンジンをかけ、シートベルトを締めると煙草を取り出し、火をつける。 『お言葉ですが、社長が性欲処理出来る者を寄越せと仰ったので、私はその者を手配しているだけでございます』 「今まで湊に触れて気分が良かったのに…お前の一言で台無しだ」 現実に引き戻される。 湊を抱きたくない訳ではない だが俺の性欲を湊にぶつけてしまったら、湊が壊れてしまうかもしれない 俺の中で湊はかけがえのない存在 俺の邪な感情と、果てしない性欲で湊が傷ついてしまうかもしれない そのせいで湊がもし、俺の前からあの時の様に消えてしまったら? そんなのもう、耐えられるわけがない。 あんな地獄の様な日々はもう、たくさんだ。 『私の一言で気分を悪くされたと仰るなら、申し訳ございません。…では今晩はお相手されないと言うことでよろしいでしょうか?』 「…いや、処理はする。男、女どっちだ?」 『はい、今晩は処女の可愛らしい男でございます』 「わかった、いつもの場所に用意しろ」 『承知致しました』 通話ボタンを切ると灰皿に煙草を押し付け、車を発進させた。 ―――湊に触れたい…。 さっきまで触れていたのに、もう触れたくなった。 湊を触り、感触が残ったままのこの手で何故、他の奴など触らなければいけない…。 叶う事ならずっと湊に触れていたいというのに… 「…湊―…」 俺は、お前の笑顔が何よりも好きなんだ。 俺に向ける笑顔、心の奥からの笑顔 泣きそうな笑顔、平気そうに無理に繕っている笑顔さえも 俺が帰宅して迎えてくるあのとびきりの笑顔 そして 始めて見た笑顔に俺は救われた―… だから俺は決めたんだ。 湊の笑顔は必ず守ると                     ―…必ず。

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