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『―湊。』 ―え… 声がした方を振り向けば、そこにはさっきまでいたはずの海辺ではなく、真っ白な空間に変わっていた。 「あれ、俺さっきまで海に…」 『湊』 「え…君は…」 名前を呼ばれた方を振り向けば、そこに立っていたのは先程海辺にいた…恐らく龍司と思われる少年だった。 怪我をして体中至る所が真っ赤に染まっていたはずの少年は、怪我もなく綺麗な身なりをしていて、良い所のお坊ちゃんの様にも見える。 『泣くな。湊…』 真っ直ぐに湊の方を見つめながら言った言葉は、龍司の言葉だと直感的に思った。 俺だけに見せる優しい表情、慈しむように問いかける声色。 「え…。なんで、俺の名前―…」 少年が発した言葉に思わず目を見開く。 何故、自分の名前を知っているのか。 君は一体誰なのか。 いや、誰なのかなんて聞かなくても、もう確信が持てている。 言葉に詰まる俺に少年は優しく微笑んだ。 『湊…消したはずの記憶が戻ろうとしている。』 切なげに目を伏せる少年が絞り出すように言った。 記憶…? ”―――思い出さなくていい事もあるー…。” 以前龍司に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。 「き、おく…?」 龍司もこの小さい龍司も、俺が忘れている俺の記憶を知っている。 それがどんな記憶なのかは――…少年の表情を見れば、良い記憶ではない事が予想できた。 『あの記憶は、お前にとって一生忘れた方がいい記憶だ。思い出せば、また湊は――を失うだろう。あの時は俺が必死にお前を助けたから、今こうして湊と一緒にいられている。――だが、次またあの時と同じようになれば…俺もどうなるか分からない…』 俺が何を失うというのだろう。 肝心な所でノイズが走った様な音が聞こえ、一番肝心な所を上手く聞き取る事が出来なかった。 淡々と話す少年の表情は辛そうで、見ている湊まで辛くなってきてしまう。 「龍司…。俺…、記憶の事を知りたい!」 思わず声に出してしまった言葉に自分でも驚いた。 でも、どんな記憶か知りたかったのは嘘ではない。 それがたとえ、自分にとって死ぬほど辛い記憶だったとしてもだ。 少年の両肩を掴んで声を張れば、驚いたような少年の瞳が、がみるみる内に大きく見開いてきた。 『…馬鹿な事を、言うな…ッ』 次に返ってきた少年の言葉は震えていて、地を這うように低い声だった。 少年の震えた低い声に、湊の肩がびくっと跳ね上がる。 『お前は今、あの時の記憶が消えているからそんな事が言えるんだ!あの記憶がどれだけお前を苦しめてきたと思う!?お前が自我を取り戻すまでどれだけ時間が―――ッ!!!』 少年は小さく舌打ちをすると、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、湊の両肩を掴んできた。 そして、震える小さな手はそれでも手の力を弱める事なく引き寄せると、湊の唇に自分の唇を押し付けてきた。 それは優しい、触れるだけのキス―…。 瞬間、酷い睡魔が襲ってきた。 待って…。 まだ、聞きたい、事…が… りゅ、じ…― 待って…ッ 瞼が閉じる前に見た龍司は―… 涙を流しているように見えた。

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