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物心ついた時から教えられた洸太郎に対する接し方は、(はた)から見ても親子の会話とは到底思えない程に業務的なものだ。 無表情を張り付けながら問う龍司に対して、洸太郎が深いため息をついた。 「お前は、来客がきても玄関先で立ったまま話をさせるほど礼儀知らずなのか?」 こんな夜中に、今まで一度も来た事がない息子の部屋に来ておいて最初に言う台詞がそれか。 全く持って面倒くさい。 「……申し訳ありません。父上が俺の部屋に来るのは、初めての事だったので。――どうぞ」 半開きの扉を開けると、洸太郎に中に入るように託す。 最初からそうしろと言わんばかりに龍司を睨むと、洸太郎はずかずかと部屋に入り、ソファに腰を下ろした。 続くように龍司も向かい側のソファに座ると、洸太郎を見つめる。 「父上、話というのは…?」 「龍司。お前には、成人したら私が決めた許嫁と婚約してもらう事になっている。」 ―――…は? 今なんて言った…? 「こん、やく…ですか?」 初めて聞く言葉の数々に理解がついていかない。 そもそもいつ、許嫁なんて決めたんだ? 一度も会った事もない人と結婚なんて、とてもじゃないが無理な話。 好きでもない人と結婚をするくらいなら、死んだ方がマシだ。 「あぁ。お前が20歳になった時に、私が決めた女性と婚約をしてもらう。相手は――月嶋財閥のお嬢さんだ。」 「…は?月嶋、財閥…?」 おれが知っている月嶋財閥は1つしかない…。 ――どういう事だ…? 月嶋財閥と言えば、百合亜ねえさんと結婚した朋也の実家だ。 月嶋財閥のご令嬢という事は、朋也に姉か妹がいるという事になる。 「百合亜と結婚した朋也君の実家である月嶋財閥だ。他に月嶋財閥はこの世にはない。」 さも当たり前の様に話す洸太郎が、呆れた様に呟く。 そして羽織っているジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出すと、龍司の方へ向けるようにテーブルに置いた。 「――朋也君の妹さんの月嶋七瀬(つきしまななせ)さんだ。年は、お前の5つ上の13歳で月嶋財閥のご令嬢。――私の言いたい事は分かるな?」 腕を組み、龍司に向けられる視線が痛い。 最後まで言わずとも、洸太郎が何を言いたいのかは分かった。 (よう)は、政略結婚(せいりゃくけっこん)という事か。 そこまでして月嶋財閥と繋がっていたいのかと、心底呆れながらも出された写真を見る。 写真に写っていた女性は、色白の肌をした綺麗な顔立ちの少女だった。 龍司と同じ真っ黒の髪の毛は胸元まで伸ばされていて、前髪も綺麗に切り揃えられている。 まるで高級な日本人形の様な少女だ。 美しく彩った赤と白の着物が、より一層彼女の美しさを引き立てていた。 13歳の年齢でこの容姿なのであれば、成長したらどんな変貌を遂げるのか。 恐らくとんでもない位の美人になるだろう事は予想が出来る。 だが、龍司は少女に魅入られる事はなかった。

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