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「…そうか。…変な事を聞いてわるかった。…もうここで大丈夫だ。」 「いえ…。かしこまりました。」 レストランの入り口付近でハザードランプを付け、驫木が車を停車させる。 車を降りようとドアに手をかけた驫木を龍司が阻止した。 「大丈夫だ。自分で降りられる。」 何か言いたそうに後ろを振り返った驫木は一瞬動きを止めると「かしこまりました」とだけ呟いた。 「車内から申し訳ありません…。龍司様、行ってらっしゃいませ。」 「あぁ、行ってくる。帰る時は連絡する」 助手席の窓が開けられ、申し訳なさそうに話す驫木に、龍司はジャケットを直しながら答えるとレストランの入口へ歩き始めた。 黒で統一されたデザイン性高い造りをした入り口の横にはスーツを着た30代前半位の男が立っていて、龍司を見た瞬間分かりやすく表情を変えた。 「お待ちください。…僕?ここは予約がないと入れない店なんだ。お父さんかお母さんはいないのかな?」 大きなごつごつした手が、先に行かせまいとに龍司の目の前に差し出される。 タキシードを着た男は一瞬怪訝そうに龍司を見た後、体を屈めて中に入ろうとした龍司の腕を掴むと優しく聞いてきた。 親と迷ったと思ったのだろうか、やたらと周辺を見渡しているようだった。 「…。」 こいつ、久堂財閥のおれの事を知らないのか…? ここら辺の店で久堂財閥を知らない人はいないはずだし、写真付きの予約リストがあるはずだが… 「おれ、19時からここで予約をしているんですが」 「え?予約の子?…ごめんね、僕。予約したお父さんかお母さんは一緒じゃないのかな?」 綺麗にオールバックにセットされている浅黒い肌の男は、困った様な表情を浮かべたまま何度も聞いてくる。 ―――勘弁してくれ…。 普通は8歳の子供がこんな高級レストランに1人で来る事は早々ないと思うし、親と逸れたと思うのが普通だろう。 だが、いくら子供でも客は客。 ましてや三ツ星認定の高級レストランだ。スタッフの立場として客に対する話し方も知らないのかと苛立ってくる。 こっちは好きでもない、勝手に婚約を決められたご令嬢と食事をしなければならないと言うのに。 右手に付けられた時計を見れば、約束の19時まであと10分程といった所だ。 このままここで足止めをされ続ければ、確実に時間に遅れてしまう。 昨日の夜から、あれだけ時間には気をつけろと言っていた洸太郎の言葉が頭を過る。 龍司は面倒くさそうに頭をかくと、分かりやすくため息をついて、ジャケットの内ポケットから名刺を取り出すと男の顔面にくっつける勢いで差し出した。

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