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「こちらでございます。」
漸く目的の階にたどり着いた。
先を歩く女性についていくとすぐに大きな扉が見えてくる。
どうやら最上階は部屋が二つしかないようで、龍司が案内された右奥の部屋の他に奥にも左側の奥にも同じような造りの扉が見えた。
案内してくれた女性が扉をノックすれば、中から鈴の様な綺麗な声が返事をしたのが聞こえる。
「失礼いたします。久堂様がお見えになられました。」
「…失礼します。」
「私はここまでで失礼いたします。料理やドリンクのオーダーなど、御用がある際はテーブル近くのパネルを押して頂き、ご注文下さいませ」
扉が開かれると20帖程の広い部屋の真ん中に座る少女の姿が視界に入る。
黒の丸型テーブルと、まるで王宮にでもありそうな椅子が二つ向かい合わせに置かれている。
外観も内装も黒がメインとして使われていたがこの部屋は白をメインで使っているようで、壁も床も白のタイルと大理石で造られていた。
軽くお辞儀をして部屋に入れば、座っていた少女が立ち上がり、小走りで龍司の向かって近づいてきた。
案内してくれた女性は龍司が部屋に入るのを確認すると、すぐにお辞儀をして出ていってしまった。
「龍司様!!」
「えっ…」
まるでウエディングドレスのような純白のドレスを着た少女が、スカートを押さえながら走ってくると、思い切り龍司に抱き着いてきた。
甘いフラワーブーケの様な可憐な香りが少女から漂うと同時に、いきなりの出来事に行き場を無くした手が空中で固まる。
なっ…
なんなんだ、この女は…
「お会いしたかったわ、龍司様ぁ…!」
細くてしなやかな腕が龍司の首に絡められると、唇が触れそうなぎりぎりまで顔を近づけられ、咄嗟 に少女の両肩を掴むと遠ざけた。
「…すみません、まだ自己紹介をしてなかったので、させてもらってもよろしいですか?」
冷静を装いながら自然な流れで失礼のないように少女から距離を置くと、柔らかい笑みを張り付けて軽くお辞儀をする。
「ふふっ、ええ。龍司様の事はもう全部知っているのだけれど、あなたの口から聞きたいわ」
…おれの事を全部知っている?どういう事だ…?
ふわりと花が咲いたように微笑んだ少女が、顔を赤らめたまま龍司を見つめる。
初めて会ったのに、龍司に好意を寄せていると言う事が全身で伝えてくる少女に、困惑しながら愛想笑いをした。
穴が開くほど見られているのを感じながら片膝をつくと、少女の手を取る。
「はじめてお会いします。久堂財閥次期後継者の久堂龍司と申します。この度は月嶋財閥のご令嬢とお会いできて光栄でございます。」
軽く手の甲に唇を触れ、顔をあげれば顔を真っ赤にしてうっとりとした表情を浮かべる少女と目が合った。
した事もない対応の仕方に恥ずかしさを押し殺しながら、洸太郎に言われた“久堂の人間が女性に接する時の対応の仕方”なる方法を演じてみる。
会う女性全てにこんな対応をしているから、愛人候補の女性が何人も寄ってくるんだと、心の中で洸太郎に悪態づく。
大体、好きでもない人に好かれても全く嬉しくもなんともない…。
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