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笑顔を浮かべながら立ち上がると、うっとりとした表情のまま少女が両手でスカートを掴んで軽くお辞儀をした。 「初めまして龍司様。月嶋財閥の月嶋七瀬(つきしまななせ)と申します。この度はずっとお会いしたかった龍司様と、婚約の為の食事会をする事が出来てとても幸せですわ…。龍司様の事は、お兄様から伺っております。――お兄様から見せていただいた龍司様の写真を拝見して以来、あなたに一目惚れをしてしまったのです…」 ――…なるほど、そういう事か。 会った事もないのに、どうして一目惚れかと思ったら…朋也あいつのせいだったとはな。 頬を赤らめたまま照れたように話す七瀬に、「そうでしたか」と微笑む。 「七瀬さん、立ったまま話すのも悪いですし席へ戻りませんか?」 「ええ、そうですわね。」 七瀬の手を取り、リードするかのように前を歩けば七瀬が座っていた椅子を引いて座るように促す。 七瀬が座ったのを確認して、龍司も自分の席に座る。 目の前から痛いほどの視線を感じて七瀬の方を向けば、思い切り目が合ってしまった。 両親や朋也と話す時みたいに、無表情でそっけない態度も取れない為、反応と対応の仕方に困ってしまう 「龍司様とこうして婚約が出来ると言うお話が出て…私、とても嬉しいです…っ」 頬を染めながら、ちらちらと龍司を上目遣いで見上げて話す七瀬に、龍司は笑顔という仮面を張り付ける。 …婚約は父上が勝手に決めた事で、俺は承諾していない…。 結婚など俺には不要だ。 月嶋のご令嬢には申し訳ないが… 「龍司様…私、こんなにも男性を好きになったのは初めてなんです…。お兄様から龍司様のお話を聞いて、とても素敵な方だなって思って気になって、頼み込んで写真を見せてもらったんです…!写真に写る龍司様を見た瞬間、一瞬にして私はあなたに恋をしてしまったの…。信じられないくらいに胸が締め付けられて、ドキドキして…あなたの事が頭から離れなくなってしまったんです」 「…七瀬さん…」 「だから思ったんです!これが恋…一目惚れというものなのだと…!」 「…。」 緊張からなのか七瀬の手は僅かに震えていた。 長い睫も一緒に揺れ動き、頬はピンク色に染めたまま、潤んだ瞳で龍司を見つめる。 龍司よりも5つ年上ではあるが…とは言ってもまだ子供に変わりはないのだが、その容姿からは既に色気が出ているように感じた。 ――…参ったな。 思っていた以上に好意を持たれている…。 これは少し面倒な事になりそうな気がする。 この手の女は執着心と独占欲が強い傾向がある。後戻りが出来なくなる前に切っておかないと、後々絶対に訳の分からない行動を起こしそうだ。

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