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「…百合亜を、私の可愛い百合亜を返して頂戴…。龍司…私の!私の可愛い百合亜を返してっ!!!!はぁッ…ハァ…ハァ…ハア…百合亜っ…嫌よ…!百合亜は私の全てなのよっ!!」 途端に立ち上がり、錯乱し始めた亜矢子が両手で頭を抱え込むと、狂ったように叫び始める。 「…母上…?」 「亜矢子!落ち着くんだ、亜矢子!!」 いきなりの出来事に、龍司は亜矢子の姿を見て目を見開いた。 すぐに洸太郎が立ち上がり、傍に寄ると落ち着かせようと背中を擦っている。 洸太郎と同様、亜矢子も大分憔悴しきっているようで、以前と比べると覇気がなくなったようにも感じる。 龍司を見れば罵声を言ってきていた昔と違って、今の亜矢子は静かすぎるくらいだ。 亜矢子の変わりように、ここまで人間は変わる事が出来るのかと、龍司は驚きを隠せなかった。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁ」 洸太郎に肩を抱かれて椅子に座った亜矢子は、過呼吸状態になっていた。 洸太郎に背中を撫でられながら、何度も深呼吸を繰り返している。 「亜矢子、大丈夫か?…ゆっくり深呼吸をするんだ。…大丈夫…大丈夫だから落ち着くんだ…。」 時折、ひゅっ!という息の吸う音が聞こえる。 龍司はただ、亜矢子の姿をじっと見ていた。 義理とはいえ一応は龍司の母親だが、今までの亜矢子の龍司に対する態度が酷かった事もあり、苦しそうな亜矢子の姿を見ても心配というは微塵も持てなかった。 龍司は、話しかける事も、近づこうともせず、ただ――苦しそうに深呼吸を繰り返す亜矢子を見ていた。 「はぁはぁっ…。ごめんさないあなた…。もう、大丈夫よ。…今日はもう部屋で休むわ…。」 「あぁ…。そうしなさい…、私もあとで部屋へ行く。」 洸太郎は入り口で待機しているメイドに声を掛けると、食事を下げるように伝えた。 亜矢子はフラフラになりながら席を立つと、龍司を見向きもせずに覚束ない足取りでリビングを出ていった。 「龍司様、おかわりはいかがなさいますか?」 「…いらない。」 もう一人のメイドが、フードワゴンを押しながら龍司に訪ねてきたが首を横に振った。 この状態でおかわりの有無を聞いてくるメイドは、中々に度胸がある。 「かしこまりました」とお辞儀をしたメイドが、ワゴンに食器を片付けていく。 龍司は、布巾で口元を拭くとグラスに入っていた残りの水を一気に飲み干した。 ――…部屋に戻って仕事の続きでもやるか。 …でも、その前に――。 洸太郎に視線を向ける。 グラスをメイドに渡し、立ち上がった龍司は、リビングを出ていこうとする洸太郎を呼び止めた。

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