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第1話 3Pエッチ!3

「「愛人業!!!???」」  田島が帰ったその日の夜、雪路と夏彦を客間に呼んだソラは、さっそく二人に詰め寄られていた。 「せ、せやから……田島のおっちゃんのお客の山田組の若頭が、俺を愛人にしたいねんて……週1でええから屋敷にきてくれたら、お小遣いめっちゃあげる言うてるんよ……」 「そないウマイ話はあらしません!! 絶対に行ったらあきませんよ、若!!」 「愛人なんて手前の性癖満たすためのダッチワイフやがな!! ど変態SMの餌食になるに決まってるやろ! 田島の親父も何ふきこんでんねん!!」  ぐいぐい詰め寄ってくる勢いにたじろぎ続けて、ついには壁際まで追い込まれてしまった。これ以上逃げ場もなくなったところで観念するしか無く、ソラは肩を落した。 「やっぱり、俺、田島のおっちゃんに売られたんかなぁ……?」  田島の言葉だから良い話だと信じ込もうとしたが、二人の焦りようから期待は打ち砕かれてしまった。  どうしてそんな話を持ってくるのだろう? 田島は父と仲が良いはずなのに。父の息子をおとしめるような仕打ちをするなんて考えたくない。  俯いてしょぼくれると、大きな手のひらに頭を撫でられる。顔を上げると男二人が真剣な面持ちで覗き込んでいた。 「若。どない言うても此処は極道上がりのうちどす。親父の作った火の粉は掛かりますわ。 田島の親父には恩もあるけども……、若は堅気やから、気負わはらんでええんですよ」  雪路が眉を寄せながら頭を撫でてくれる。頭が良くていつも甘やかしてくれる雪路の前だと、恥も醜聞も許して貰えるような気がした。 「ほんまやで全く! 明日にでもワシが田島の親父を締め落とさなアカンな! 若が何も知らんところにつけ込んでなんちゅーことをさせようとしとんねん!!」  ボキリと拳を鳴らしながら鼻息を荒げる夏彦はすでに頭に血が上っているようだった。肝っ玉オカンのように世話を焼くくせに、一番の脳筋の夏彦はソラの為なら一人で山田組に乗り込む気概すら感じられる。 「田島先生に連絡入れて、すぐに断らはってください。逆恨みされても俺らが必ず守りますさかいに。ね?」 「せやで若! 安心しとってください!」  優しく頬を撫でてくれる雪路の向こうで、夏彦が胸をどんと叩いて笑っていた。 (二人とも、めっちゃ心配してくれとる……)  きっとこの二人はソラの為なら怪我も惜しまない。山田組を相手にどんな喧嘩も買うだろうし、ソラを守ろうとするだろう。そんな二人に挟まれていると堪らない気持ちになってて、また目頭が熱くなってきた。 「二人ともありがとう。そないに心配してくれて嬉しい。この家に居るとな、俺、なんでも出来るような気がするんよ」 「若……」  ゴシゴシと瞼を擦った後、カラリとした笑顔を二人に向けた。  そうだ、こんな強い味方が傍にいてくれるんだから、何がきたって大丈夫だ!   「よっし! 二人が付いててくれたら俺も安心やわ! 明日からはりきって山田の愛人になって頑張ろーーー!!」  おー!と意気揚々と両手を握り、天井に向けて突き上げた。  しかし賛同する声は返ってこず、現実の男たちはポカーンと口を開けて固まっていた。 「いやいやいやいや何でそうなんねん!?!? 行かんでええって言いましたやん!?」 「若!? 中学校の通信簿で国語1取らはったん、ホンマの実力やったんですか!? 日本語通じてへんのです!?」 「ひ!?」  二人に気圧されて、ソラはさらに追い込まれた。おまけに夏彦の裏拳ツッコミが額に当たってとても痛いし、雪路には頭を掴まれて脳みそが入っているのか確認された。   「ええどすか若!? 愛人がなにかわかってへんのに引き受けたはるやろ?! 子ヤギの上でアルペン踊りするのとちゃいますよ!? おっさんちでアルプス一万弱して帰ってくると思ってますやろ!?」 「あれ? ちょい待ちや? その前に若は精通してるんか?? 毎朝、若のこと起こしに行ってんのに、朝勃ちいっぺんも見たことないで!?」  二人の勢いに負けて口を噤むうちに、ソラの顔はしょっぱくなってくる。 こうやって過保護の導火線に火が付くと、ガチョウのようにガーガー騒ぎ止まらなくなるのは分かりきっていることだった。耳がつんぼになりそうな言い合いにソラが口を挟む余地はない。 「おまえが若の朝勃ち拝めてへんのは、毎朝フライパン鳴らしながら部屋まで上がってくるからやろが。 ちゃんと勃ったはりますわ」 「ぬあんでお前は若の朝勃ち見てんねん!?」  話題があらぬ方向に流れていく。空しくなってきてソラの眉はへにょりと湾曲した。 「俺はストレートに朝勃ち狙って見に行ってるからや!  朝飯作った後に? 若を起こすついでにあわよくば? 朝勃ちを拝めたらいいな? とか思うとるおまえと一緒にすなこのスケベ!」  ソラの顔がさらにしょっぱくなった。梅干し食べたあとにすっぱムーチ○食べたみたいな顔になる。 「毎朝なんでお前が若の部屋におるんかと思えば朝勃ち拝むためやったんか!! スケベはお前の方とちゃうんか!」 「俺の朝は、スマホの待ち受けを若の朝勃ちに更新することから始まるんや!! おまえみたいに”あわよくば美味しいモンを”って思うとるその考え方がスケベやわぁ! 俺がスケベならおまえはムッツリスケベやな!! この脳みそ童貞が!!」 「脳みそ童貞ってなんやねん!? この連写ハゲ!!」 雪路がソラの部屋に毎朝いる理由がこんな形で分かるなんて悲しすぎる。  寝起きの悪さのせいで、スマホのシャッター音に気づかなかったんだろうか。 「んなぁ……そろそろ俺の話聞いてや……」 違うんだ、こんな悲しいことを聞きたいんじゃないんだ。言いたいことがあるんだ。  しかし言い合いが始まった二人にソラの言葉は聞こえない。 「連写ハゲってなんどす!? 俺がハゲちらかしたオッサンの頭部ばっか連写してるみたいに言わんといてくれるか!!」 「ハゲ散らかったオッサンの頭部が嫌なら片付いたオッサンの頭部撮っとけやこのアホ!! どいつもこいつも若がエエ子なところにつけ込みすぎなんじゃ!!」 「……」  二人がソラを心配してくれているのは分かる。  分かるけれども話の主軸をほったらかした挙句、張本人を置いて突っ走らないで欲しい。  こうなった2人は歯止めがきかなくて、互いの気にくわない部分の罵り合いになってしまう。    そんな話をしたかった訳では無いのに。自分の貞操をかけた真剣な話し合いをしていたはずなのに。  だんだん無視されているのが空しくなって、あっちこっちが収拾が付かなくなって、ソラはグっと悲しみを堪えてから、大きく息を吸い込んだ。 「うっさああああああああああああい!!!!」  身体にみなぎる霊力とか、魔力とか、チャク●とか、とにかく何でも良いので溜めに溜めて怒鳴った。  広い庭を越して100mも離れた民家にも届きそうな大声の甲斐あって、男二人は耳を押さえて黙り込んだ。先ほどまでの無意味な言い争いを山の彼方まで吹っ飛ばすことができて、ようやくソラの番が回ってきた! 「俺は働きたいねん!!! だって今、おとうちゃんの財産食い潰してるだけやん!! 夏彦に家のこと世話焼かれて!! 雪路に金の管理と勉強教わって!! 一人だけ何もせんとのうのうと暮らしてるだけやん!! そんなん嫌やねん!!」  喚き散らしたあと、むっすりと頬を膨らませて二人を睨んだ。せっかく拭った涙をこぼさないようにぐっと我慢をしなければ。 「俺は!! 親父の代わりになるって二人に約束したやんか!! 自分で金稼がんと、いつまで立っても、おとうちゃんみたいには! なれんから!! 二人は俺が食わせていかんとアカンの!!」 「せやからって、若はまだ高校生やがな……」  そっと耳から手を離した夏彦が眉を垂らしながら反論する。 「せやし! そない気にしはるんやったら、高校卒業してから働いたらええんどす」  同じく耳から手を下ろした雪路が、眉をつり上げて加勢してきた。言っていることはもっともだと思うが、そんなノロマではいられない。 「嫌なことから逃げたら男やないやろ!! お金のことは、三人で暮らすことに直結することやし! ……それに山田組にもうちの子分の連中、引き取って貰ってるやんかぁ……」  こんなことを言いたくないのに、と思ってしまう。そんな勢いだけの自分を引き留めながら語尾は萎んでいった。しかし耳聡い雪路は思い当たるように「ああ、」と溜息をつく。 「そらまぁ、山田組は親父と仲良うしとったから……恩があるいうたらありましたなぁ……」  雪路はチと舌打ちして「しょうもないところに付け込みよって」と漏らした。義理人情の世界に生きている人間を相手にするのだから、足を洗った鈴山組の若だからとトクベツ扱いは受けられないのだ。  だけど 「でも! それは関係ないねん!  行きたくない理由も行かなアカン理由もあっちこっちにあるけどな? でも自分で決めたんよ! 俺にできること、ようやく見つけたから、俺ちゃんとやりたいねん。夏彦と雪路にちゃんと気持ち返したいんよ」  ソラはきゅっとシャツの裾を掴んで前を向いた。そこにはどうしたものかと眉を寄せる夏彦と、とうとう困りながら傾いていく雪路の暗い顔があった。 「……そないな気持ちの返し方されても、俺は苦しゅうなるばかりやわ」 「え?」  苦しい?  ソラは瞼を白黒させて雪路を見上げた。  思いも寄らない言葉だった。雪路は沈んだ表情を隠すように立ち上がり、部屋の襖をさっと開けた。 「若の気持ちはようわかりました。そない真剣に言うてくれはるのに、俺にはなんも返せる言葉があらしません。堪忍え……」  ぽつりと謝りながら雪路は襖の外に出て行ってしまう。 「雪路?」  足音が遠のいて、夏彦と二人だけになって、急に不安が押し寄せてくる。  どうして謝られてしまったのだろう? 雪路に酷いことをしてしまったのだろうか?  縋るような思いで夏彦に視線を向けると、やれやれと肩を落した夏彦は苦笑した。 「なぁ若、」  切り出した夏彦の大きな手のひらに腕を取られる。見上げる夏彦の表情はいつになく真剣で、どきりとした。 「愛人になるっちゅーことは、他の男のモンになるっちゅーことや。ワシらは大事な若を山田に横取りされなアカンのですか?」 「え?」  どういうこと?  「ワシは親の顔も知らん番僕やけど、”そういう”場面には何遍か立ち会ったことがあんねん。身体売って見返りに金を貰って生きてく人間は汚なる。若にそないなってほしくないねん」 「夏彦……」 「若は汚ない。些細なことで見返りぶんどる奴らと違(ちご)て、いつもなんもせぇへんでも笑(わろ)てくれる。そんな若やから、ワシは惚れてんねんで」 「え?」  どさくさに紛れてとんでもない言葉が降ってきた。思わず聞き返すと、夏彦は何一つ動じずに続けた。 「これは雪路もおんなしや。ワシらにとって、若はもうこの世で一番愛しとる人なんや」  突然の告白に、ソラは瞼を見開いた。  夏の日差しのように凜々しくて強い真っ直ぐな瞼は、ソラを捉えて離さない。 急に心臓が五月蠅くなって、何も言葉を返せなかった。 「ホンマやで? 若が身寄りのないワシらをこの家に置いてくれた恩だけで、一緒に居るんとちゃいます。若が毎日笑って過ごせるんやったら、どんな汚いことでもやり抜く覚悟があるんや。目ぇん中入れても痛(いと)ないし、足の先から頭のてっぺんまで毎晩愛で回したいくらい愛してる。やから、他の男に抱かれに行くんは我慢ならん」  掴まれた腕に力がこもり、ソラの細い腕に痛みが走る。夏彦の大きな手のひらはいつだってソラを甘やかす為にあるのだと思っていた。  この力強さを隠しながらいつも触れていたのだろうか? それはどんな想いだったんだろう。 「夏彦……」  雄気の強い逞しさと凜々しさ、力強い視線。どんな顔をしていいか解らず自分の頬を拭うと、その熱さに驚く。 「そんなの、知らんかった……ごめん、俺……」 「気付かれへんようにしとりました。  若とワシらは10も歳が離れてるし、高校で彼女もできるやろて思てたしな。無理矢理、男同士の道に引き込むワケいかん。ワシと雪路ん中では、絶対に抜け駆けせんようにって約束しとったんですわ」  出会ってから今日まで二年経った。二人の気遣いなど全く気付けなかった。  どんな思いで二人は傍にいてくれたんだろう。一緒に風呂に入ることだってあったし、毎朝雪路が傍にいたことも納得がいく。そうやって他愛なく触れ合っていた思い出の全てが身体を熱くして沸騰しそうだった。 「どうしよう、俺めっちゃ嬉しい……!」  ソラは沸騰しそうな勢いのまま、感も堪えずに夏彦に飛びついた。  親父の子供というだけで甘やかされていた訳ではなかった! そう思うと胸が高鳴る。抱き返してくれる夏彦の身体の熱さが心地良い。くっついているところからマシュマロみたいに甘くとけそうだ。 「俺も、夏彦と雪路のこと大好きやで! ずっと一緒におりたいんよ!  せやから、二人の為にできること、俺たくさんお返しせなアカンなって思ってて・・・・・・」 「若……、愛人の話の、背中押してんとちゃいまっせ?」 「分かってるよ。いくら2人の為でも、裏切るようなコトしたらアカン。アカンし、やっぱり知らん男とエッチなことするの嫌や! 明日、田島のおっちゃんと一緒に山田組行ったら、断ってくるわ!」  ソラは今度こそ腹を決めて、拳を突き上げた。 「分かってくれたんですか、若!」  感極まったように夏彦の腕に力がこもり、ぎゅっと抱きしめられる。ソラも負けじと夏彦の頭を抱きしめた。 「俺、レンアイってよう解らんかってん。みんなのこと好きやけど、こんな風に身体ん中までジンジンしたの、初めてや。夏彦と雪路だからかな?」 「ほんならワシも一緒や。ぎゅっとしただけで堪らんようになるんは若だけや」  ぎゅっとするとお互いの鼓動の早さに気付く。そのうち溶けて一緒になってしまえば、もっと暖かくて、もっと幸せになるのかもしれない。 「早う、雪路にも話してあげな!」 「せやなぁ、一人で部屋でうじうじしてるやろうしな」  夏彦と雪路。二人ともソラにとってかけがえのない家族だと思っていた。けれど本当は少し違ったのだ。恋人として求めることがたくさんある。それが解るような気がする。  ソラは緩みきった表情を隠せないまま夏彦の頭を離して座り直した。すると夏彦の顔が近づいてきて、視線が口許に釘つけになった。 「なぁ若、雪路に話しに行く前に、ずるいことしてもええですか?」  次第に瞼を細める夏彦の顔が近づいてきて、何をされるのか解ってしまった。とたん心臓が爆発しそうになって、どうしたらいいのか解らずに、その唇が触れるのを待っていた。  だから夏彦の背後に立つ真っ黒い影に気付くことができなかった。

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