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第1話 3Pエッチ!4
「う……?」
目を覚ますとベットの上にいた。枕元にある行灯が橙色に灯っているが、それ一つでは真っ暗な部屋の中を照らすには足りない。
確か、夏彦にキスをされそうになって、その途端にガンと大きな音がして、その後の記憶が無い。何か布みたいなもので顔を覆われたような気がするけれど、そこからどうしたんだろう?
「ここどこぉ……? 夏彦? 雪路?」
「はいな、若。お呼びですやろか?」
暗い部屋のどこからか、雪路の声がする。キョロキョロと見渡すと、雪路はベットの端に座ってこちらを眺めていた。
「雪路! 良かった、雪路ンところ行こうと思ってたんよ!あのね……」
「若、その話なら解っとります」
手のひらで発言を制される。行灯の明かりに照らされる雪路の表情はいやに冷たくて、まるで温度がない人形みたいだった。
「雪路? なんでそんな顔してるの?」
いつもの優しい雪路じゃない。夏彦の時にみたいに嬉しそうな表情とは真反対な顔をしている。
どうしてしまったのか尋ねる前に雪路は立ち上がり、壁についていた蛍光灯のスイッチに手を添える。
「若は、山田の愛人になるだけやのうて、夏彦とも寝る気なんやろ? えらい悪い子にならはったなぁ……」
「え?」
ソラは耳を疑った。一体どこをどう切り取ったらそうなるんだろう?
「そない悪い子は、お仕置きせなあきませんなぁ」
そう言い終わるや否やパチンという音がして、部屋の灯りが付いた。
そうして初めて、ソラは自分が大きなベットの上にいることに気付いた。部屋のほとんどがベットだということ以外は一般的な和室だが、左右と正面は襖に囲まれており、枕もとの棚には液体や縄などがきちんとしまってあった。天井のところどころに取っ手がついていて、何かをつるせるようになっている。それが何の為に付いているのか解らないが、とにかく襖の柄から、屋敷のどこかにいるのだとわかった。
「雪路? ここ俺んち?」
「そうや。俺がまだ親父さんの愛僕やってたときに使うとった部屋や」
愛僕だったとき? その意味がわからなくて先を促すと、雪路は小さく笑った。
「知ったはるやろ? 俺はもともと親父さんの性処理用具やったんよ。まだ小さい若にばれんよう、俺はこの部屋に軟禁されてなぁ、いかがわしいこと仰山されたんえ」
雪路の手が伸びてきて、ソラの足に触れた。膝から臑にかけて流れていく指がじゃラリと鎖を掬い上げて、その時はじめて自分の片首に拘束具がはまっていることに気付いた。
「雪路!? なにこれどういうこと??」
「若を山田の愛人にさせへんようにや」
ぎしりとスプリングが沈んで、雪路が乗り上げてくる。獲物に忍び寄る豹のように四つん這いで近づいてくる雪路は見ていて充てられるほどに情欲的だった。それなのに彼の目には獣のような餓えも活力も無い。そこにあるのは誰かを恨む淀みだけだ。
「ここまで我慢して過ごしてきたんどす。他の野郎に盗られてたまりますかいな」
「山田の話は、ちゃんと明日断るよ! 夏彦とも約束したんやで!?」
「夏彦は俺との約束を破りよった。アレにも若は渡さしまへんえ」
微妙に話がかみ合わない。雪路は話を聞いているようで違う解釈に縛られているみたいだ。
「違うよ! 雪路、話聞いてな? 夏彦も雪路も大好きやで! どっちか選ぶなんてできへんから、三人で一緒にいたいねん!」
「そない浮ついた話、許せるわけあらへんわ」
ぐいっと肩を押されてシーツに押し倒された。跳ね返るスプリングに押さえつけられ雪路を見上げる。
「若も他の連中とおんなじように、他の僕を選ぶに決まっとる。気が多いモンは縛り付けておかな、どこいくかわからへん」
「雪路、何言うの……?」
「せやから、目移りばっかする若にはきついお仕置きをせなあきませんなぁ。俺のことだけ愛さはるように、いっぱい躾けてあげな……」
「雪路!」
幽鬼のように喋る雪路はまるで取り合ってくれない。これは本当に雪路なのか疑わしくすら思う。どれだけ声を上げても耳に届いていないのか、雪路の膝が割り込んできて無理矢理足を開かされた。
(怖い……!)
覆い被さる雪路の胸をとっさに押し返すけれど、自分よりも体躯の大きい雪路をはね除けることはできない。構わずに身を屈める雪路の唇が首に降りてきて、震えが走った。
「わ……っ」
「ああ、若や。若の柔肌……ずっと触りたかった」
触れたと思った首に熱いものが充てられる。雪路の舌が首筋を舐め上げてきて、背筋がぞくぞくした。それから顎の輪郭を吸い立て、耳までたどり着いた雪路の唇が擽ったい。
「嫌や、変な感じする……っ!」
「そらぁ、ここが感じる場所やからですわ。ほら、」
ふう、と耳に息を吹きかけられて、ぞわぞわするあまりに「ふぁ」と声が漏れてしまった。雪路のクスクス笑いすらくすぐったくて恥ずかしい。
「違うよ雪路、ちゃんと話してから、こういうんはしよぉ?!」
「話ってなんどす? そうやって逃げようとしはるんは卑怯や」
「そんな……っ」
雪路に掴まれた肩がぎり、と痛んだ。指先が食い込んでくるほどにつよく掴むことなんて、いつも優しい雪路がすることではない。
(どうしよう、こんな雪路、怖い……っ)
雪路の唇が耳たぶを噛んでくる。するとぞわぞわする。初めて感じるこれが何か解らなくて余計に怖くなる。こんな雪路を見ていると好きでいられなくなりそうで、ソラはただ目を閉じて我慢することしかできなかった。
「震えたはるなぁ。やっぱり俺にされるんは嫌どすか?」
流れるようにマウントを取ったと思えば雪路の愛撫は急に止んだ。肌に触れる雪路の髪が離れていったので、ソラもそっと瞼を開けて様子を伺った。すると目を疑うことになった。ソラを見下ろす雪路の顔は今にも泣きそうだったからだ。
「そらそうやわな、強姦するようなモンは嫌われてもしゃあない……」
「雪路? 何いうてるの?」
「せやけどどうしたらええんです? 愛人にならはったり、夏彦のモンにならはったりされて、俺はどうやったら若に捨てられへんで済みますか?」
こんなにくるくる表情が変わる雪路を見たことが無い。雪路はいつだって優しくて甘やかしてくれて大人だ。何をやるにも上手にこなすはずの男が、これではあまりにも不器用すぎる。一体なにが彼をこんな風に追い込んでしまうのか解らなかった。
(震えているのは雪路の方や……)
肩を掴んでシーツに押しつけてくる手が離れていき、雪路は自分の頭を抱えてしまった。
たくさんの誤解が雪路を苦しめているのは確かで、とにかくその一つ一つを解いていかなければ話は進めない。自分の世界に閉じこもり始めた雪路をそっと引き出すように、ソラは雪路の頬を両手で包んでやった。すると泣きそうだった雪路の瞼が驚いた。
「俺な、山田の愛人やる前に、二人にお願いがあってん。俺のハジメテ、夏彦と雪路に貰ってほしかったんよ」
まだ夏彦にも言えなかったことを伝えると、雪路が「へ?」と聞き返す。その顔を見ているのが恥ずかしくて、ソラは少しだけ俯いた。しばらく言葉を続けられなくて、息を呑んだような息づかいが聞こえてきて気まずさが増していく。しかしここで話を止めるわけにもいかず、覚悟を決めてもう一度雪路を見上げた。
「俺、愛人するって決めたけど、ホンマは男とするのめっちゃ怖かってん。女ともしたことないし……何するのかようわからんし。それにハジメテって、みんな好きなやつとしとるやん? それなのに何で俺はホンマに好きな奴とできひんのやろうって思ったら、悔しくて……。そしたら二人のこと頭に浮かんできて……っ」
その時はどうして二人が真っ先に浮かんだのか解らなかった。
けれど今はわかる。夏彦が教えてくれたから。
「だから、俺のハジメテは夏彦と雪路にあげる気やったんよ! 三人でエッチできたら、どんなに山田が嫌やっても堪えられるかなって。二人のこと思い出しながらなんでも乗り切れると思って……っ」
恥ずかしいことを言った自覚があって言葉尻が萎んでいく。固まったまま何も返してくれない雪路の顔を見ているのも恥ずかしくなって、視線をそらした。
「若、そない俺らのことを……?」
雪路の息混じりの声が降ってきて、カアアアと身体が熱くなった。けれど触れている雪路の頬も同じくらい熱くなっていて、もしやと思って視線を戻すと、新雪のように白い雪路の顔も桜色になっていた。
「そうやねん……。だから、大好きな雪路とエッチするの、嫌なわけないよ?」
「わ、若……そらほんまですの?」
「雪路だけやないけど、夏彦も雪路もどっちもおんなじくらい大事やから、選べんの!」
夏彦も、と言った途端に雪路の感激していた雰囲気が萎んでいった。振っていた尾がだらんと垂れたようなそんな感情の起伏を目の当たりにしていると、不思議と怖くなくなった。いつもの雪路に戻りつつあるような気がする。
「……俺が夏彦を超える日ぃは来るんやろか……」
「え?」
「そら俺も男やし、好いた男のいっとう好きなモンになりたいんは当たり前や」
眉を垂れた雪路がそっと視線を外す。これまで見たことが無い雪路の表情に戸惑ってばかりだ。拗ねた子供みたいにも見える。
夏彦か雪路か、選ばないといけないっていうこと?
夏彦もそう思っているんだろうか?
「わからんけど……、今は、二人とも大好きやの! だから山田の愛人の話もちゃんと断るし、雪路も夏彦も贔屓せんでイチャイチャするで!!」
包んでいた雪路の頬を撫でた後、その手を伸ばしてく黒髪を撫でてやった。いつもはソラなんかよりもよほど大人の魅力のある男なのに、こんな風に言いくるめているのが可笑しい。わしわしと犬みたいに撫でられながら膨れていた雪路がおもむろに頭を揺すったので、ソラは手を降ろした。
するとぐっと顔が近づいていて、ソラの鼓動は再びうるさくなった。
端整で綺麗な雪路の表情がやや傾いて、あっと思った時には唇を吸い上げられていた。
「んむ……っ!?」
ちゅ、と念入りに吸い上げられ、舌で舐め取られる。シーツに押さえつけられながら丹念に唇を舐られた後には、ソラはすっかり息が上がっていた。
「……解りました、若の希望通り、三人で恋人しましょか。その代わり、若のハジメテはぜんぶ俺が貰います」
濡れた唇を舌で拭いながら雪路は微笑んだ。それはいつも通りの雪路の姿で、ぐっとするほどの色気を纏った大人の笑みだった。
「よ、よかった!」
和解できてホッとするはずなのに、ファーストキスをあっさり奪われた驚きのせいで心臓がドキドキする。雪路が本気で欲しがれば、ソラの何だって易々と奪ってしまうのかもしれない。そう想うと組み敷かれているこの体勢の恥ずかしさに気付いて身体が熱くなってきた。いけない。せっかく話が纏まったんだからここで止めなければ、雪路に説き伏せられかねない!
「そうや、夏彦にも教えてあげな!」
さも名案と想いながら口にして、重要なことを思い出した。夏彦は一体どこにいるんだろう?
「そういえば、夏彦はどこにおるん?」
「ああ……、アレなら、名前呼んだら飛び出してくるんとちゃいますか?」
雪路は身体を起こしてしれりと吐いた。ソラの足首の枷をかちゃりと外しながら「呼んでみたってください」と言うので、とりあえずソラも言われたとおりにしてみる。
「夏彦ー!! 三人で恋人になったでー!」
どこまで聞こえたのかは解らないが、1秒も立たないうちに ばり!! と何かを破る音がした。ソラの呼びかけに答えるにはあまりに物騒な音だったが、暫くしてメリメリと不吉な音がする。
「な、何の音??」
恐ろしくなって雪路の腕にひっついた途端、横の襖がどーんと蹴破られた。
「若ああああああ!! 無事でしたか!」
「夏彦!! どうしてん!?」
さっきぶりに姿を見せる夏彦であったが、身体中に赤い締め痕がつき、縄の切れっ端がところどころに残っていた。口に貼り付けられていたテープを思い切り剥がしながら、イライラした様子で和室に踏み込んでくる。
「ゴらぁ淫乱ハゲ、若に手ェ出してへんやろうなぁ!?」
「相変わらずのゴリラやなぁ。何重に縄巻いたと思うてるんや」
互いに睨み合った途端、ち、と舌打ちを合わせてそっぽを向く。似たもの同士なのか、息ぴったりだなと暢気に思う。二人は本当は兄弟なんじゃないかとたまに思ってしまうのだが、今それをいうと五月蠅くなりそうなので黙っておいた。
「まぁええわ、暫くは穴兄弟じゃ。抜け駆けするんやないで変態!」
「もう遅いわ脳筋」
「あうん!?」
「も~~喧嘩せぇへんでよ~~」
二人の間に割って入る、いつもの光景。けんかっ早い夏彦は待てをされた犬のように口を噤んでおとなしくなり、雪路は絶対零度の冷たい視線を夏彦に送る。相変わらずのこの絡みがなくなるわけはないけれど、これが好きなんだから仕方が無いのだ。
「二人とも大好きやから喧嘩もほどほどにしたってね!」
えへへ、とソラは笑った。収まりどころが決まったのだから、素直に嬉しかった。
ソラを一瞥した二人も、いがみ合っていた空気が和らいだようだった。夏彦は脱力したように笑ったり、雪路は米神を抑えながら一息ついたりしている。
「今日のところは休戦や。そないなことより、もう辛抱堪らん!!」
「うえ?」
ぎしりと膝を突いてベットに乗り上げてきた夏彦に再び押し倒され、仰向けにひっくり返ってしまった。一体何がどうなるのか解らないままのし掛ってきた夏彦を抱きしめていると、部屋の電気が暗くなる。再び行灯の明かりのみになって、壁のスイッチから手を離した雪路も横に寝そべってきた。そしてそれぞれのキスが降ってきて、もみくちゃになった。
「なぁ若、そろそろ若のハジメテ貰っても、ええですね?」
「せやなぁ。さっき俺らにくれるつもりや言わはりましたもんなぁ?」
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