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第4話

ぱっと目が覚めると、室内は薄暗かった。 どのくらい寝ていたのかも感覚では掴めず、ぼんやりと天井を見つめる。 ただ、ぐっしょりと寝汗をかいていた。 嫌な夢を見た気がするが、内容までは思いだせない。 身体が重くて、でも熱は先ほどよりも引いた気がする。 鼻を啜りながら、喉の渇きを潤そうとベッドから立ち上がった。 リビングに続く扉をそっと開けると、司の姿がない。 「あ、あれ……?」 病気の時によくある心細さを感じ、喉の渇きも忘れて司を追いかけ、外へと続くドアに手をかけた。 「んな格好でどこに行く?」 背中に冷たい声がして振り返ると、肩にタオルをかけた姿でこちらを見つめていた。 といよりも、睨んでいた。 「え?」 「どこ行く気だ?」 「司を探していた」と素直に言うのは阻まれて、目線が泳ぐ。 濡れた髪から鎖骨にかけて、ゆっくりと滴る。 その淫猥な光景に視界を奪われながら、尖った空気に首が引っ込んだ。 「なんか、怒ってる?」 「別に。」 「司は?」 「は?」 「どこ行ってたの?」 「シャワー浴びてた。」 見れば分かるだろうと思ったけれど、何か言わなければ妙な空気に緊張してしまう。 「そう、だよな。」 安心したのか、熱で気持ちが弱くなってるせいか…… 今まで溜まっていたモノが、どろりと溶けていく。 「日向?」 俺を呼ぶ声が急に優しい。 久しぶりに甘やかされている気がして、なんだか止まらない。 「なんで、泣いてんの?」 ――そんなこと、俺が聞きたい。 頭を撫でられるともっと泣いてしまって、自分でも収拾がつかない。 背中をさすられ、頭を撫でられ これ絶対大学生の男の泣き方ではないなって、頭の片隅で気がつく。 それでも、それなのに なかなか止まってはくれない。 ひーひー声までだしながら思い切り泣き尽くすと、次第に気持ちが落ち着いて 呼吸も気持ちも落ち着いて…… 虐められっ子だった昔に帰った気がした。 「あはは、変だな……。熱あるからかも?」 ようやく最後の涙を出し切って、赤く腫れた瞼を擦っていると 狭い視界が、司でいっぱいになる。 冷えた額が気持ちよくて、心地よさに目を閉じると すぐに離されてしまった。 「少し、下がったか?」 「うん。」 なんか、すっきり。 1人で勝手に大泣きして、妙な爽快感で満たされている。 「手、繋いでて。」 勢いでそんなお願いをすると、怪訝な顔をした司が渋々と言った風に手を繋ぐ。 ――もしかしなくても、迷惑? 泣いたついでに甘えてみたものの、司の渋い反応に慌てて手を引っ込める。 「いや、やっぱいいや!ごめん!忙しいんだろ?」 そう言って、すごすごと寝室に戻ろうと背を向けた。 甘やかしてもらったし、しばらくはこれで大丈夫。 そう自分に言い聞かせていると、先ほどよりも強い力で左手を握られた。 「暇だ。」 「は?」 「今日のために課題全部終わらせたから、暇だ。」 「そ、そっか……。」 そっか。 旅行に行くから、頑張ってたんだ。 嬉しいような、ほっとしたような…… ――前ほどの熱量はなくても、それなりに大事に思ってくれているんだろうか? 探るように見上げると、司が照れくさそうに髪をかきまぜる。 ついでとばかりに頬を横に引っ張られ、落ちた気持ちはすぐに上がる。 「へらへらしやがって。」 「いひゃい。」 俺の抗議を抗議とは受けとらず、しばらく頬を引っ張って楽しむ司に俺も釣られて笑う。 先ほどの張りつめた空気はどこへやら、久しぶりの和やかな時間に気持ちが緩む。 「なんか飲む?ってか食える?」 ひとしきり人の頬で遊んだ後、名残惜しそうに離す節ばった指。 「あー、なんかさっぱりしたもん食いたいかも。」 俺がそう溢すと、素早くシャツを羽織り財布を掴む。 濡れた髪もそのままに、シャツに点々と染みをつくっているのに、司は気にした様子もなかった。 「ちょっとコンビニ行ってくる。すぐ帰るから。」 端的にそう言うと、ぐしゃりと髪をまぜられた。 ――あ、行っちゃう。 「日向?」 「ん?」 困り顔の司の視線を辿ると、なぜか俺が司のシャツを掴んで行く手を拒んでいた。 「あ、いや!違うから、ごめん!!」 ぱっと手を離すと、照れ臭くて顔が見れない。 本当にガキっぽい。 自分の行動に引きながら、司と距離をとる。 彼氏の前で思いっきり泣いたり、行かないでくれってシャツ掴んだり…… こんなんだから、いつまで経ってもガキだの乙女だの罵られても仕方がない。 絶対馬鹿にされるだろう、と思っていたのに……。 「寂しい?」 かけられた声はいつもの3割増しで優しくて、思わず顔を上げた。 「うん。」 「そっか。」 素直な気持ちを伝えると、司は神妙な表情で何度も頷く。 「ずっと、寂しかった。」 「悪い。」 頭を下げて一言謝られると、それだけでほわりと暖かい気持ち。 「あ、邪魔したいわけじゃなくて。」 「分かってる。」 手を握り合いながらこんなことを話すなんて、どこのバカップルだよと突っ込みながらも 気持ちはふわりと解れていく。 心が、くすぐったい。

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