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第5話

「俺も、甘えすぎてたな。」 「え?」 「気づいてたけど、時間作れなかった。」 「そっか。」 ――気づいてくれていたんだ。 そのことに嬉しくなる。 ちゃんと俺のこと、考えてくれてたんだ。 「だから、この前も怒れなかったし。」 「ん?」 「夜遊びで朝帰り。」 「あー……いや、別に何もしてないよ?」 先ほどの甘い表情がすっと消え、疑惑の眼差しに変わる。 前は苦手だと思っていたのに、今はこの眼が堪らなく好きだ。 ぞくりとする程冷たい視線に魅入られる。 もっと、見つめてて欲しい。 「信用は……してる、けど。」 不安そうに目が泳ぐ。 それが妙に可愛くて、笑いかけると視線が尖った。 「してない顔してんじゃん?」 「お前、セックス好きだし。」 「ひでえ。」 遊び人という印象が未だに消えないのか、根っからの寂しがり屋がそうさせるのか…… 司は未だに全く信用してくれない。 ――こんなに一途に好きなのに、なんで伝わってないんだろ? 不思議に思いながら見つめていると、頬を暖かな感触が包み込む。 司は、体温までも気持ちがいい。 「可愛いから。」 「え?」 「可愛いから、不安だ。」 冗談交じりに笑うことなく、堂々とそう言ってのける。 ――それ、真面目な顔して言うセリフ? ここは真面目に突っ込めばいいのか、冗談として流せばいいのか。 付き合ってるのに、全く分からない。 「いや、だから俺を可愛いと思う変わり者なんて、司くらいだって。」 「片岡だっているだろ?」 「砂羽とは終わってんじゃん。」 「あと野村とか、も。」 「本当によく覚えていらっしゃる。」 もう忘れ去りたい過去を何度も何度も穿り回されると、真面目に返答するのも嫌になってきた。 記憶力がいいのは長所だけど、もういい加減忘れてくれ、と願う。 「自覚しろ。」 「はあ?」 「お前は可愛い。」 「……はあ。」 「しかも、無駄にモテる。」 「それ、自分のことの間違いじゃなくて?」 「俺は自分の容姿を客観的に把握できてる。」 「へーへー。左様でございますか。」 真面目に返すのも馬鹿らしく思えてきて、あまりにもくすぐったい言葉の数に既にダウン寸前。 「茶化すな。」 他人から見たら茶化されて当然の言葉なのに、司は正気らしい。 なお、悪い。 肩をがっちりとホールドされ、無視をするなとしつこいくらいに視線を絡ませてくる。 「俺、一応病人なんだけど?」 咳払いを交えて下手な芝居に打って出ると、ぴしゃりと尻を叩かれた。 「んな裸みたいな恰好で外出たら、速攻喰われるぞ。」 真面目な顔で心配されているけれど、俺はもう20越えている成人なわけで。 よれたTシャツにパンツ姿なんて、だらしがない大学生には映っても「美味そうだから喰ってやろう。」的な対象には映らない。 だって、男だから。 世間一般の男子は女の子が好きなことを、司はたまに欠落している。 こんなに頭がいいはずなのに、本当によく忘れる。 ――大丈夫だと散々言っているのに、この不安はどうやったら拭えるんだろう? でも、こういうの久しぶりかも。 面と向かって可愛いとか、モテるとか…… そんなことを好きな人に言われて、気分が悪いわけはない。 ――もう、俺のことはあんまり好きじゃなくなっていると思ってたから……・。 「あのさ、司くん?俺は司から見たらか弱いウサギさんに見えるのかもしれないけど、世間一般から見たらどこにでもいる男子大学生なわけで、喰われるっていうよりも喰う立場の人間なんすよ?分かってる?」 そう諭すと、なぜか後頭部に軽い衝撃を受け、高い天井が見えた。 「お前は本当に何も分かってない。」 耳元で囁かれるだけで、ぞくりと肌が粟立つ。 「いや、だから俺まだ熱あるし?」 流石にセックスはきついと胸を押すと、いつか見た嫌な笑顔。 俺を虐めて楽しむ時の、あの笑顔。 「1人で楽しむ元気があんだろ?」 その言葉にすべてを察し、背中から嫌な汗がどっと噴き出る。 顔を隠そうと両手で覆うと、まとめて頭上に放り投げられた。 「お前はか弱いウサギさんだ。」

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