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天気のいい土曜日の昼刻。 夏期休暇中であるにもかかわらず、市街地中心部に建つ私立大学の緑豊かなキャンパスは多くの大学生や施設を利用する一般客で賑わっていた。 「あんたの写真、撮ってもいいか」 新築された講堂や校舎が真新しい洗練された外観を誇る中、赤レンガ造りの外壁に縦横無尽に蔦が這う、古めかしい二階建ての図書館の片隅で。 文学部日本文学科一年生の(しき)は棒立ちになっていた。 整然と並ぶ背の高い本棚の狭間、式の目の前には一人の男が立っていた。 すっきりとしたシルエットのジップアップブルゾン、インナーのシャツ、ジーンズ、レースアップシューズ、薄い色付きのサングラス、すべて黒で揃えられている。 大学生には見えない堂々たる物腰。 一般開放されている図書館に学外の利用者は珍しくない。が、一般レベルを抜きん出て際立つルックスと雰囲気に周囲の視線は自然と引き寄せられていた。 数十分前に館内を訪れた式も黒ずくめの彼の存在には気がついていた。 「さすがに盗撮はマズイと思ってな」 まさか写真撮影の許可を尋ねられるなんて思ってもみなかった。 「急に、そんなこと言われても……困ります」 身長一七〇センチの細身の体にグレーのフードパーカーを羽織り、Vネックのシャツを着た式は至極真っ当な返答に及ぶ。 フロアを満たす控え目な薄明かりを吸い込んだ切れ長な双眸は、伏し目がちに怪訝そうに正面の男を見返していた。 「一枚だけでいい」 筆記用具や飲みかけのペットボトル、返却期限までまだ十分余裕のある映画のDVDが入ったトートバッグの取っ手を式は両手でぎゅっと握り締めた。 見知らぬ人間から声をかけられる。 これまでに何度か経験があった。 男も女も、皆、年上だった。 もの慣れた態度で誘われた。 その度に相手の顔もろくに見ずに式はその場から足早に立ち去っていた。 「怖いのか?」 今、手首を掴まれているわけでもないのに式はその場から立ち去れずにいた。 唇の片端を吊り上げた男にぞんざいに笑いかけられると、えもいわれぬ戦慄に心臓を竦ませた。 「雛未に頼まれたんだ」 妹の名前が男の口から出てくると式の双眸は大きく見開かれた。 「雛未? 妹の知り合いなんですか?」 「ああ。前もってあんたの写真を見せてくれたのも、大学の図書館に入り浸っているはずだと居場所を言い当てたのも雛未だ」 「そう、ですか……」 一体どういう知り合いなのか。 年齢も相当離れているし、共通点が皆無そうな妹との接点がまるでわからない。 式の警戒心は緩むどころか一段と膨れ上がった。 「妹と、どういった知り合いなんでしょうか」 仄暗い厭世的な翳りある眼差しをした式の問いに男は返事をしようとし、妙な間を挟んで、告げた。 「俺は雛未の恋人だ」 「は?」 どのサークルにも所属せずに単独行動を好んで周囲と壁をつくりがちな式が、珍しく間の抜けた声を出した。 「……貴方、何歳ですか」 「二十八だ」 「雛未はまだ十六です……それに寮生で、今年の春、俺とこっちに来たばかりで……どこで知り合ったんですか?」 「寮暮らしでも土日祝日には自由な時間がある。小学生レベルの門限つきなのが玉に瑕だがな。ああ、一つ忠告しておく、年の差なんて小さなこと気にしていたら器まで小さくなりかねないぞ」 式は呆れて閉口した。 男は不敵な笑みを深める。 服の下でさり気なく筋張る腕を薄い肩に遠慮なく回し、同行を強要した。 「俺は隹だ。よろしくな、お兄さん。お近づきのしるしにコーヒーでもご馳走させてくれ」 初対面らしからぬ砕け過ぎた態度にただただ困惑する式は「俺は貴方の兄じゃない」と小さく呟いた。

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