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第12話 おかえりなさい!
職場から自転車で帰ってきた笑武は、駐輪場に自転車を停めていつものように部屋へと向かう。
左から2番目。確かに自分の部屋の筈だが、そのドアの前には小学生くらいの男の子と、女の子が並んで座っていた。ランドセルはしていないが、その代わりナップサックを背負っている。
「…え?」
マンションがHeimWaldである事を確認して、自分の部屋の前である事も確認する。間違いはなさそうだ。
男の子は少し癖っ毛の黒髪で。澄んだ濃灰の瞳で真っ直ぐ通路の壁を見つめている。戦隊ヒーローのプリントされた青いTシャツと黒いパンツを履いていて、わんぱくそうだ。対して女の子の方はストレートの茶髪で後ろも前もぱっつんと揃えられている。太めの眉を下げて不安そうに俯く大きな黒い瞳。レースやリボンでひらひらと可愛いピンクのワンピースを着ている大人しそうな子だ。
2人とも初めて見る子だが、誰かに似ている気がした。
「…遅いね」
「……」
女の子に言われて、男の子が口をへの字に曲げた。
(どうしよう…部屋に入れない)
立ち尽くす笑武。
「笑武君、どうしました」
買い物に出掛けるために2階から降りて来たアストが立ち尽くしている笑武を見つけて声を掛けた。
「アストさん…それが」
笑武の視線の先で座り込む2人の子供。アストは覗き込むように見て納得したように頷く。
「ああ、この子達は玲司の弟さんと妹さんですよ…玲司が連れているのを何度か見かけた事があります」
「あ…そっか、玲司さんに似てたんだ…なんか、誰かに似てるなって思ったんです」
「こんにちは、どうしたんですか?2人とも」
アストが子供たちに声を掛けた。男の子が振り向く。
「…こんにちは」
挨拶は返してくれたが事情は話してくれない。
「あの、はじめまして…俺は栄生笑武っていいます…そこ、俺の部屋なんだ」
2人が座り込む部屋のドアを指差す笑武。2人は少しだけズレて、ドアの前を開けてくれた。
「ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめんね…退いてって意味じゃ無くて…お兄さんの部屋の隣に住んでるよって言いたかったんだ」
目線を合わせるように屈んで話す笑武。
「……」
「笑武君、僕は玲司に連絡を入れてみます…今日は土曜なのでペットショップも忙しいでしょう…残業になっている可能性があります」
「うん、そうだね…そうだ、2人とも俺の部屋で待つ?外に居たら風邪を引いちゃうよ」
「知らない人には付いていかない」
「…そっか、そうだよね…偉いね」
先ほどから返事をしてくれるのは男の子の方だけだ。女の子はずっと俯いて黙っている。
「携帯には繋がりませんね…運転中の可能性もありますが、店にかけてみます」
「うん…あ、そうだ」
笑武は一度、部屋に入ると大きめのブランケットを抱えて出てくると、子供たちを包んだ。
「……」
「これで少しは寒さを凌げるかな…」
「ああ、玲司…お疲れ様です、お仕事中にすみません…急ぎの用があったもので」
どうやら玲司はまだ仕事中のようだ。アストが事情を説明している。
「お兄さん、今日はお仕事忙しいみたいで…帰ってくるの少しだけ遅くなりそうだね」
「…玲司兄ちゃんも?」
初めて女の子が喋った。
「え?」
「代わりますね」
アストが男の子にスマホを渡す。
「玲司兄ちゃん…オレ…うん…バスで来た…何時に帰ってくるんだよ…うん、一緒に来た…だって…うぅ」
叱られたのか、それまで気丈だった男の子が泣きそうになっている。
「…寒いよ」
釣られるように女の子も泣きそうだ。笑武は心配そうに2人の肩を摩る。
「「う…う…うわぁーん」」
ついに2人とも泣き出してしまった。電話の向こうで玲司が必死に何か言っているが男の子には届いていない。
「あ、あの…ちょっと電話代わるね?いいかな」
「わああーん」
スマホを離そうとしない男の子に笑武とアストは顔を見合わせて困り果てる。
その時、2階から駆け下りてくる足音がした。スマホ片手に部屋着のまま飛び出して来たのは沙希だった。
「え…ちょ、マジで居るし」
「沙希さん!」
「俺、土曜だから早上がりで帰って来てたんだけどさ…今いきなり玲司からメッセージ来て」
店の電話で男の子と話しながら、自分のスマホで沙希にメッセージを送ったのだろう。仕事も忙しい中、ペットショップで大慌てしている様子が目に浮かぶ。
「ぁ…沙希兄ちゃん…」
女の子が泣き止んだ。知っている人間が現れて安心したようだ。
「迅地 、美鈴 !何してんの」
「ひっく…ひっく…うん、沙希いる…うん、うん…分かった」
男の子も沙希を見て泣き止み、何とか玲司の言う事を聞いたようだ。電話を切ってアストにスマホを返している。
「お兄さん、何だって?」
「残業だから、帰って来るの、いつもより1時間遅いって…沙希の言う事、聞いて待ってろって」
「沙希は玲司の部屋に入り浸っているのでこの子達とも顔見知りなんでしょう」
「まぁ…その通りだけど、入り浸るとか言うなよな」
「沙希さんが土曜は早く帰ってくるシフトで良かったよ」
「玲司が帰るまで面倒見ててくれって連絡来たんだけどさ、俺は末っ子だから年下の兄弟居ないし2人の面倒見る自信無いんだよね…悪いけど、手伝ってくんない?」
「もちろん、いいよ…って、俺も兄さんしか居ないけど」
「因みに僕も姉しか居ません…手伝いたいのですが、僕はこれから出かける所なので」
「そっか、じゃあ笑武だけ」
「うん、沙希さんの部屋に行く?」
「俺の部屋、何も無いから笑武の部屋入れて」
「分かった」
立ち上がって部屋のドアを開ける笑武。どうぞ、と手で促す。
「笑武君、3人の世話は大変かも知れませんが短い時間です、何とかお願いしますね」
自分も子供の方にカウントされて沙希が不機嫌そうに口を尖らせた。子供たちは立ち上がって沙希の左右にくっ付いている。
「か、可愛い…」
「では、僕は出てきます…3人とも、笑武君を困らせないように」
アストが立ち去ると子供達は揃って笑武を見上げた。
「俺、お兄さんと沙希さんのお友達だから知らない人だけど大丈夫だよ…う、自分で言ってて誘拐犯みたい」
「あはっ、ほら寒いから早く入ろうぜ」
「「お邪魔します」」
沙希の後を子カルガモのようについて行く子供たち。
(弟や妹が居たら、あんな感じなのかな)
微笑ましいと笑って中に入る。
「笑武、暖房つけていい?」
「そうだね、あとお茶いれてくる」
子供たちは自主的に手洗いを済ませてソファにちょこんと並んで座った。女の子が黄色のクマのクッションを見つけて抱えている。
「おやつもー」
相変わらずおやつ要求の沙希。笑武はこんな時のために常にお菓子をストックするようにしていた。
棚を開けて幾つかのお菓子から選べるようにする。
「はい、今日はちゃんと用意してあるよ」
「やるじゃん!あ、これ次から抹茶じゃなくてキャラメル味にして」
「う…」
ゴーフレットの箱をとって言う沙希。味の好みまでは分からずに色々用意したのだが、ダメ出しされてしまった。沙希がおやつを出している間に湯呑みとマグカップにお茶を入れて運ぶ笑武。
「ごめんね、お客さん用の湯呑みが足りなくて…マグカップになっちゃった」
「「ありがとうございます」」
「お前ら、自己紹介しろよ」
沙希に言われて、男の子が口を開く。
「オレ、亜南迅地」
「迅地君かぁ、カッコいい名前だね…何年生?」
「4年…こいつは妹」
隣の女の子を指差す迅地。
「…美鈴…2年生…みすずって書いて、みり」
恥ずかしそうに小さな声で呟く美鈴。仲は良いが性格は対照的のようだ。
「美鈴ちゃん、可愛い名前だね…2人とも、よろしくね」
「美鈴が、末っ子だよな」
「うん…でもね、殿丸がいるの」
「殿丸?」
「庭の池にいるトノサマカエル」
(トノサマカエル?!)
思わぬペットに驚く。
「殿丸は美鈴の弟なの…本当は人間の弟が欲しいけど、お父さんもお母さんも、もう歳だから無理よって言うの…玲司兄ちゃんなら弟、連れてきてくれるかな…?」
「いや、それ弟にならないし…1人じゃ無理だし」
「そうなの…?…じゃあ沙希兄ちゃん、玲司兄ちゃんと一緒に連れてきて」
「な、何言ってんの?!…お、俺じゃ無理!女の人としか無理!それ絶対、玲司に言うなよ!」
「女の人?じゃあ美鈴となら、いいの?」
「ダ、ダメ!それもダメ!うわぁあ…どうしよう、余計なこと言ったかも」
笑武に泣きつく沙希。
「あはは…美鈴ちゃんがもう少し大きくなったら、分かるからね」
「2年生は、まだ大きくない?」
「うん…だから今は殿丸を可愛がってあげてね」
「…分かった」
気を逸らすために、さりげなくテレビを付ける笑武。普段はあまり観ない子供向けの番組を流す。
「沙希さん大丈夫?顔が真っ赤だけど」
「…子供って怖ぇ」
すぐに迅地と美鈴と沙希はテレビに夢中になった。それぞれ好きなおやつを手に取っている。
「沙希さん、玲司さんに俺の部屋にいる事、伝えておいてね」
「あ、忘れてた…」
お菓子を咥えてメッセージを送っている沙希。無事を伝えるために子供たちの写真も撮って添付しているようだ。迅地が無邪気にピースをしている。
「ご両親は、知ってるのかな…2人が玲司さんの所に来ちゃった事」
「さぁ?でも、来てる事は玲司が連絡してるだろ」
「そっか…それなら良いけど、2人だけでバスに乗って来たなんて驚いただろうね」
「玲司の実家、そんなに遠くは無かったと思うけど…乗り間違えたら迷子だもんな」
「うん、それに変な人に連れて行かれたりする危険もあったから…無事に着いて、本当に良かった」
「それな」
「笑武兄ちゃんも、ひとりで住んでるの…?」
笑武兄ちゃんという響きにキュンと胸をときめかせる笑武。
「うん、そうだよ」
「寂しくないの…?」
その質問に、笑武は少し考えてから笑いかける。
「ちょっとだけ寂しい時もあるけど、沙希さんや玲司さん…みんなが居るから大丈夫だよ」
「…美鈴は寂しい」
「え…」
クマのクッションを抱きしめてクスン、と鼻を鳴らす美鈴。
「笑武の兄さんって、どんな人?」
子供番組に飽きてきた沙希が頬杖を着いて聞いてくる。何気ない質問。しかし笑武は、答えに困るように口籠った。
「…えっと、ね…俺の兄さんは……すごく、優しい人だよ…優しすぎるくらい」
やっと返した答えは、ありきたりなもの。ただ、無意識に『すごく』が強調されていた。
「ふーん、羨まし…俺の兄さん達も優しいけど優秀すぎてさ、2人ともエリートコース乗ってるから高卒の俺とは話が合わねぇの…FXとか、なんとか…親なんかいつも周りに言うんだぜ、沙希は顔だけ出来が良いって…つまり俺は、顔しか褒めるとこ無いって事ー」
「比べる必要ないよ、それなら俺だって兄さんには何一つ勝てないから」
短編アニメーションが二本終わった頃、疲れたのか美鈴は抱えていたクッションを枕にしてうたた寝を始めていた。
「美鈴ちゃん、眠い?寝てもいいよ」
「ううん…美鈴、待ってる…」
「もうすぐ帰ってくると思うけど…」
沙希がスマホで時間を確認した。1時間の残業と、帰路の運転時間を入れてもいつ帰っても良い時間が過ぎていた。アニメの力は偉大だ。
ピンポン、と待ちわびた呼び出し音。笑武は短い廊下を小走りで抜けてドアを開けた。
「おかえりなさい!」
「ん?…ああ、ただいま、か?」
自宅は隣だ。おかえりなさい、の違和感に玲司は可笑しそうに笑った。
「ご、ごめん…お疲れ様!」
「お前こそ、お疲れさん…すまなかったな、笑武…うちのチビ達、家出したらしい」
「い、家出?!」
「置き手紙に俺の所に家出するって書いてあったんだと…親父が卒倒した」
「とにかく入って…美鈴ちゃん寝ちゃいそうだし」
「ああ、お邪魔します」
やっと帰って来た兄の登場に迅地が食べていたお菓子を放り出してソファから飛び上がった。
「玲司兄ちゃん!遅ぇよ!」
「遅ぇよ、じゃねぇだろ…あー、こんなに菓子食い散らかして」
(たぶん、食べたの半分は沙希さんなんだけど…)
やっと心底安心したらしく、テンションが上がって嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる迅地。その騒がしさに寝かけていた美鈴が目を覚ます。
「玲司兄ちゃん…?」
「お兄さん帰って来たよ」
笑武に言われて起き上がった美鈴は、目を擦って玲司の元へとことこ歩いていくと無言で足元に抱きついた。
「あはっ、2人とも急に甘えん坊じゃん」
ひとり悠長にお菓子を食べている沙希。
「どうしたんだよ、お前ら…お袋たち心配してたぞ」
「だって…」
「兄ちゃんの所に来る時は、知ってる大人と一緒にだろ?約束したじゃねぇか」
「……」
迅地はまた口をへの字に曲げてしまった。拳を握って俯いている。
「迅地兄ちゃんは、悪くないの…美鈴のせいなの…美鈴が行きたいって言ったの…」
「美鈴は悪くない!悪いのは父ちゃんと母ちゃん!」
「迅…美鈴…」
さっきまで嬉しそうに飛び跳ねていたのに、泣きそうな迅地。味方を求めて、まだ菓子を食べている沙希の背中にべったり抱きついて拗ねてしまったようだ。
「あー、玲司が泣かしたー」
「2人とも、良い子で待ってたよ…家出は悪い事だけど、せっかく来たんだから甘やかしてあげても良いんじゃないかな…おやつ持ってく?」
迅地に未開封のお菓子を差し出している笑武。
「甘やかしてやりたいけど、理由が分からねぇとまた同じ事するかもしれねぇだろ…俺の胃がもたねぇ」
来る予定の無かった幼い弟たちが、突然2人だけでやって来たと聞いて玲司は仕事中、気が気で無かったのだろう。それは当然な事で、おそらく実家でも同じように2人が居なくなった事に慌てた家族が居たはずだ。
「んー…迅地、家出はダメじゃん?家族に心配かけるのは、悪い事…それは分かってるよな」
「父ちゃんと母ちゃんだって、唯姉ちゃんの家にずっと行ってて夜まで帰ってこないんだ!」
「それで、美鈴…寂しくなって…玲司兄ちゃんの家に行きたいって言ったの」
「…そうか、姉貴が退院したからお袋たち手伝いに通い詰めてるんだな」
「爺ちゃんと婆ちゃんも畑に行ってて帰ってくるの遅いんだ…だから」
「一緒に来てくれる大人が居なかったから、2人だけで来たのか」
「…うん」
玲司は溜息を吐いて迅地に手を差し出した。
「分かった、お袋たちには兄ちゃんが言っといてやるから…もう絶対に家出なんかするんじゃねぇぞ、どうしても寂しくなったら、まず電話して来い…その時は兄ちゃんが迎えに行ってやるから」
迅地は嬉しそうに頷いて沙希の背中から離れて玲司と手を繋ぐ。
「美鈴ちゃんは今までずっと末っ子だったから、ご両親に甘える事が出来たけど、お姉さんに赤ちゃんが生まれて…ご両親を赤ちゃんに取られたみたいに感じちゃったのかもしれないね」
「俺も姉貴が入院中は小まめに帰るようにしてたんだけどよ…退院してからは一度も実家に帰って無かったからな…コイツらだって、まだまだ子供なのに寂しい想いさせちまった…反省しなきゃいけねぇのは、俺たち大人の方だったな」
「子供の行動力って凄いね」
「ああ、だから気をつけてやらねぇと…まぁ親父やお袋たちが初孫に浮かれる気持ちも分かるけどよ」
「玲司兄ちゃん…オレ、帰ったら父ちゃん達に謝るよ」
「そうだな、特に親父は気弱なとこあるから…そろそろ泣き止んでるといいけどな」
「うちの父ちゃん、遊園地でジェットコースター乗って気絶したんだ!白目になってた!」
父の気絶を思い出して笑う迅地と美鈴。
「迅、泊まってくつもりで来たんだろ?着替えとか宿題持ってきたか?」
「持ってきた!」
笑武がソファに置いてあったナップサックを迅地に渡す。
「これだね、けっこう重いのにずっと背負ってたんだ…」
「美鈴の分も入ってるから」
「そっか…偉いね」
笑武に褒められて、迅地は照れ笑いを浮かべている。
「玲司兄ちゃん!宿題終わったら、リベルタ行きたい!梶本のおじちゃんのオムライス!」
「美鈴も行きたい…」
「リベルタに行くのは良いけど…お前ら、おやつ食べてたろ」
「おやつは別腹なの!」
「お前、別腹なんて言葉どこで覚えたんだ?」
「母ちゃんが言ってた!」
「お袋…」
子供の観察力と吸収力は侮れない。自分たちも気をつけようと大人達は思った。
「笑武、おやつごちそさま…玲司も帰ってきたし、俺帰る」
「あ、うん…今度はキャラメル味を買っておくね」
「あはっ、バニラでもいーよ」
「沙希!笑武はお前の飼い主じゃねぇぞ」
「笑武の好意を無駄にしたら悪いじゃん」
「ははっ、気にしないで…沙希さんのおかげで、お菓子コーナー見るのが楽しくなったよ」
「お前は沙希を甘やかし過ぎだ」
「玲司さんだけは俺のこと言えないと思うけど…」
「玲司兄ちゃんも、寂しいの?」
一連のやりとりを見ていた美鈴が心配そうに問う。
「ん?何で兄ちゃんが寂しいんだ、美鈴」
「沙希兄ちゃんを、笑武兄ちゃんに取られちゃうのが寂しいの?」
「…まぁ、間違っちゃねぇな」
「ふ、ぇ?!」
絶対に否定すると思った問いを、あっさり肯定した玲司に驚いて沙希から裏返った声が漏れる。
「玲司兄ちゃんも美鈴も、父ちゃんに似て寂しがり屋だからな!」
「シーンとしてる部屋は寂しいもんだろ、特にうちは大家族育ちだからな…沙希が居ると煩くて落ち着くんだよ…コイツずっと喋ってるからな」
(なんだ…そういう意味かよ)
「ってか、どさまぎに煩いって言うなし!あと、ずっとは喋ってない!」
「ハハッ、ずっとはさすがに言い過ぎか…ほら、お前ら兄ちゃんの部屋に行くぞ」
「「お邪魔しました」」
笑武にお礼を言って玲司と共に部屋を出て行く迅地と美鈴。手を振って見送った笑武は、帰ると言いながら菓子を片付けている沙希を振り向く。
「あ、片付けなら俺が…」
「…ほんと、子供って怖ぇ」
「沙希さん…」
沙希の頰が赤く染まっていて、菓子の片付けは動揺を隠す為に行っているだけだと分かる。
「前に、笑武と映画観た時に…俺が聞いたこと覚えてる?」
「叶わない恋をしたら、どうするか…って話のこと?」
「笑武はさ、諦めたくて体は離れても、心はきっと、離れられないって言ってたじゃん」
「うん…沙希さんは、気持ちを伝えずに勝手に好きでいるって言ってたね…そんな人を好きにはならないから平気とも言ってたけど」
「それ、だけどさ…平気じゃないっぽい…寿命縮んで早死にしそう」
「…そういう人を好きに、なっちゃった?」
沙希と共に菓子を片付けながら、笑武は話に耳を傾ける。
「叶わなくても、好きでいる事くらいは許されると思ってたけど…不意打ちで気があるような事言ってくるのサイアク…深い意味は無いって分かってても…その、ドキってするじゃんね…マジ寿命縮む」
会話より独り言に近いように、沙希が呟いた。
「…うん、沙希さんが好きな人が誰なのか、俺は知らないけど…きっとその人は沙希さんを大事にしてくれる人なんだと思うんだ…だけどそれは無意識で、好きな方からしたら嬉しい反面、隠そうとしてる気持ちを膨らませる厄介なものなんだよね」
言葉に同調して困ったように笑う笑武。好きな人のそばに居て、充分大事にされているのに、そこに伴わない恋愛感情。もどかしく、ふとした瞬間に期待だけが膨らんでしまう。
「…たまにムカつく」
「あはは…それは大変だね」
その大変さは、家族に同じ想いを寄せた笑武には分かりすぎる。
「笑武は、俺の好きなヤツ知らないけどさ…もし、笑武が言ってたみたいに、俺も諦めて離れようって思う日が来たら…その時は、俺の荷造り手伝ってな」
そう言って笑う沙希は映画を観ていた時よりも悲しそうだった。諦めようとし始めているようにも見える。
「…沙希さん」
本当は、沙希が好きな相手は聞かなくても見ていて分かった。そして、その恋が叶う可能性を考えると、諦めるのが正解なのかもしれない。
それでも、沙希が好きな相手を見る目は、自分が兄を見る目と同じで。どうしても願ってしまうのだ、どうか2人が両想いになるようにと。
「あ、玲司からメッセージ…子守のお礼に後でリベルタ連れてってくれるって!だから夕食ちょっと待ってろってさ…あはっ、タダ飯ゲットー」
「良かったね、いってらっしゃい」
「は?笑武もだし」
「え!俺も?!そんな…悪いよ」
「いーじゃん、迅地達も大家族に慣れてるから人数多い方が喜ぶって!俺着替えて来る、笑武あとでな!」
部屋着だった沙希は一旦部屋へと戻って行く。
「家族…か」
真っ先に思い浮かんだのは、血の繋がらない兄の顔。体が離れても、やはり心は捕まったまま。
笑武は静まり返った部屋を見て寂しさを感じた。
(玲司さんの気持ちも分かるな、沙希さんが居ると部屋が明るくなる気がする…)
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