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第14話 人恋しい季節だね

月の終わり。 バルコニーから見えるHeimWaldの駐車場に、今日は違和感があった。いつも停車していた黄色い軽自動車が無いのだ。唯一、持ち主が不明だった車。その事に気付いて、笑武はさっそく朝いつも顔を合わせるBiz Fest勤務組の朔未達に話を聞いてみた。 「いつも停まってた黄色い車が、今日は無くて…前から気になってたんですけど、あの車って」 「ふふっ…可愛い車ですよね」 「あ、はい…最初は朔未さんのかと思いました、でも朔未さんは玲司さんに送迎してもらってるから」 「あの車の持ち主なら、さっき俺の所に車の鍵を引き取りに来たぞ」 玲司が自分の部屋の方を親指で指した。沙希もうんうんと頷く。 「いつ帰るか分からないから、面倒見ておいてって玲司に預けて行ってたんだってさ」 「ああ、車は乗らずに放置すると良くねぇからな」 「そうだったんだ…暫く留守にしてたって事は、もしかして、持ち主って3-A号室の人?」 「そ!大正解!」 「笑武くん、まだ会ってなかったんですね…タイミング的に笑武くんが越してきたのと入れ違いだったのかもしれません」 「俺が越してきて、もうすぐ1ヶ月になりますけど…」 「1ヶ月ですか…今回は少し長くかかりましたね」 沈黙する一同。 「…そ、そんなに何度も留守にする事があるんですか」 いつ帰れるか分からない、今回は少し長くかかった。急に黙り込んだ3人の会話から持病があって定期的に入退院を繰り返している人なのかもしれないと思った笑武も表情を曇らせる。 「んーと、今回含めて3回は行ってる」 「短いのを含めると、もう少し多いと思いますよ…」 「…本当にな、少しは懲りれば良いのによ」 「玲司は人のこと言えないじゃん」 「俺はフラれたからって毎回飛び出したりしねぇだろ…傷心旅行なんかに」 「傷心旅行?!」 予想外の方向に話が逸れた。深刻そうな理由では無い事に安堵したが、家を飛び出すほどの失恋をしたのだから本人にとっては入院に等しいのかもしれない。 「久しぶりに帰って来たから色々買い出しに行ったみたいだぜ」 「は、はぁ…」 「とてもユニークな人ですよ」 「ユニークって言うかさ…ヴァルトで1番、騒がしーの…おっさんの次に年長のくせに」 「ふふっ、より一層、賑やかになりますね」 どうやら一癖ありそうな人物の予感がする。笑武は3階を見上げた。 1ヶ月。あっという間に過ぎていた時間。最近は職場でも名前を間違われる事が無くなった。 「栄生君!お疲れ様!久しぶりに同じ班になったね」 「津島さん…お疲れ様です」 「いやー、寒い季節に冷凍食品のカウントはキツい」 休憩時間、に温かい缶コーヒーで手に暖を取りながら社用車の中で休んでいた笑武の隣に座る津島。 「アイスとか、種類も多いから大変ですよね」 「これからもっと寒くなるけどね…手の感覚が無くなりそう」 「夜勤の方は特にじゃないですか?津島さん、昼夜掛け持ちでしたよね」 「うん、夜勤だと野外の商品のカウントとかもあるから…全身にカイロ貼ってるよ」 「風邪ひかないように頑張ってください」 「ありがとう…ところで栄生君、来月の予定はどんな感じ」 「来月の予定って…希望休の話ですか?」 「ちっがーう!来月の予定と言ったらクリスマスに決まってるじゃないの」 「え?‥あ、あー…」 「その様子だと特別な予定は無さそうだねぇ…よ!仲間!」 「あはは…毎年、クリスマスは家族と過ごしてたんです…そう言えば今年は一人暮らしだから、何も考えて無かったなぁ…あ!でも同じマンションの人達がクリスマス会を開くって言ってたので、それに参加したいとは思ってます」 「クリスマス会?!そんなの小学生の時に町内会でやったきりだよ」 「予算を決めたプレゼントを持ち寄ってクジで交換したりするそうです、楽しそうですよね…プレゼント何にしようって色々考えてるんですけど、誰に当たっても良い物って意外と難しくて」 「万人受けか…お!そうだ!栄生君とこのマンションって女の子は居ないんだったよね」 「え?はい…今のところ」 「じゃあ…」 津島が耳打ちで提案したのは男性向けのアダルトグッズだった。笑武の顔が赤くなる。 「そ、そんなの包んだら恥ずかしくて住めなくなりますよ!」 「あはは!冗談冗談、棚卸ししながら色々探して見るといいよ」 (そう言えば、家族以外にクリスマスプレゼントなんて贈ったことも貰ったことも無かった…) 母が養父と再婚するまで、クリスマスをそれらしく過ごした記憶もない。まだ、サンタクロースの存在を信じていた頃には朝起きて枕元に置かれていたお菓子の家のセットに大喜びした気がするが、それもぼんやりとしか思い出せない。 母が養父と再婚してからは生活に余裕が生まれ、新しい家族との仲を深めるためにクリスマスには母がケーキを焼き、チキンやプレゼントが用意されるようにり、笑武にとってクリスマスは家族と過ごすものになっていったのだ。 クリスマスの1ヶ月前にもなれば、街中はイルミネーションやクリスマスの装飾品で溢れ出す。現に今日カウントに入った店も店内にはツリーやリースが飾ってあった。 「仕事で色んな店行くけどさ、今の時期はどこに行ってもクリスマスソングが流れてる、聴き過ぎて気付いたら口ずさんでるよ」 「それは知ってました」 「…栄生君もだからね」 「え?!」 津島が開けたコーヒーの香りが車内に充満する。暇つぶしに誰かが付けた車のラジオからは、無意識に口ずさむほど聴き慣れた人気のクリスマスソングが流れてきた。 ~♪♪♪ 同じクリスマスソングが流れる閉店後のlibertà。 「音楽はOKだね」 月が変わる明日からクリスマスツリーを設置する事になった為、勇大と蓮牙が閉店後にツリーの組立てや店の装飾を行っていた。簡単そうに見えて、ツリーの組立てはなかなか手間がかかる。特に店用の大きくて枝のボリュームもあるタイプは人手が欲しい。 「蓮牙…スタンドはこれで良いのか」 「うん、その角度で良いよ…次は支柱差してネジで留める…力入れ過ぎて割らないでよ、シェフ」 蓮牙は軍手をして、まだ束ねられた状態の枝を解して広げていく。 コンコン…とlibertàの裏口をノックする音。 「ん…?誰だ…店は閉めてあるはずだが」 「俺の恋人…サービス残業だって言ったら手伝いますってさ」 「それなら俺はもう厨房に戻るぞ」 「あー!ダメダメ!会う時には2人きりにならないって約束付いてるから…信用されてないのよ俺、こんなに紳士なのに…それに丁度シェフにも用があるって言ってたし」 「厨房に居るんだ、2人きりにはならんだろう」 「人手が欲しくて来てもらったのに、シェフが抜けたら意味ないだろ…頼むよ」 重い溜息を吐いて裏口のドアを開けに行く勇大。そこには青いチェックのマフラーに顎を埋めて寒そうに待っていた朔未が居た。夜は気温が落ち込み、吐く息も白い。 「こんばんは、お疲れ様です」 「ああ…入れ、蓮牙ならフロアだ」 「はい、お邪魔します…クリスマスツリーを作ってるんですよね?お手伝いさせて頂きます…でも俺、不器用なので役に立てるか怪しいところですけど」 「あんたは不器用でも、蓮牙は器用だ、細かい部分は任せときゃ良い」 「ふふっ、そうします」 「朔未!こっち来て、俺が解した枝を差していって‥あ、軍手してね」 朔未の姿が確認出来ると手招きで呼ぶ蓮牙。 「あ、はいはい…それって重要な所じゃないですか?」 「センスが要る所かな」 「もう、プレッシャーかけないでください」 「大丈夫、俺が見張ってるから…支柱を隠すように、下段からね」 「やってみます」 枝の束の前に座り込んで仲良く作業する2人。勇大は気まずそうにオーナメントの入った箱を運んでくる。 「ライトの入った箱が見当たらんぞ」 「え?まだオーナーの家かな…」 「聞いてくる」 「俺が行くよ、シェフは朔未の用件聞いてて」 作業を中断してオーナー夫妻の住居である2階に向かうために、階段のある外へ出て行く蓮牙。 「中の階段は使わないんですね」 「上はオーナー夫妻のプライベートな居住空間だ…店ん中の階段をオーナー達が使う事はあるが、それ以外の人間は外階段から訪ねる…」 「なるほど…確かに境目は必要ですね」 「で、俺への用件は何だ」 「来て早々に頼み事ですみません、いつもの事なんですけど…笑武くんの歓迎会とクリスマス会兼忘年会の2回、来月もお店を貸して貰えたらなと思いまして」 「その事か、前後の繁忙日でなければ構わん」 「それと、いつもの事なんですけど…料理を」 「予算内で人数分だろう?…1人や2人増えたところで作る手間は大差ない」 「ありがとうございます…いつも甘えてしまってすみません」 「俺の急な入居でヴァルトの管理人には世話になった…それに管理人とオーナーは旧友だ…ヴァルトの住民達がうまくやっていく為の機会になるなら俺の手間ひとつくらい、何でもない」 「梶本さんはオーナーさんに強い恩を感じているんですね、そしてそれを行動にして返している…尊敬します」 「オーナー夫妻は、親も同然だからな…皿洗いしか出来ない時から世話になってる、施設出で普通の暮らしもままならない俺を家賃も取らずに住み込みで置いて…面倒見ながら根気よく料理を教えてくださった」 「蓮牙くんも言ってました、料理を作ってる時のオーナーと梶本さんはそっくりだって」 「…む」 「それくらいよく見て、細かい動作まで覚えたという事でしょう」 「俺はまだまだオーナーに遠く及ばない、せめて並べる所まで腕を上げるつもりだ」 「ふふっ、追える背中があるのは良い事ですね」 「ところで…歓迎会と言っていたが…どうなんだ?新入りは…問題無いか」 「笑武くんですか?良い子ですよ、最近は少しずつ敬語も取れて、慣れてきたみたいです…特に沙希くんと仲が良いですね、よく一緒にゲームで対戦してるって聞きました」 「そうか…それなら良い」 「梶本さんも会ったでしょう?」 「ああ…そうだな、いつもと同じだ…俺を見ると、みんな固まっちまう」 「そ、そんなことは…あ!俺は固まりませんでしたよ」 「間に蓮牙が居たからだろう」 「梶本さんは、何度か会って話せば、見かけによらず優しい人だって分かりますから」 「……」 「は!すみません」 フォローのつもりが余計な一言を付けてしまった事に言ってから気付いた朔未は両手を合わせて謝罪する。勇大は気にした様子もなくツリーの説明書を手に取った。 「…あんた、ちゃんと休んでるか」 「え?」 「目の下にクマが出来てる…まあ、常にクマ作ってる隣よりはマシだが」 隣、とは勇大とは部屋が隣に当たる花結の事だ。朔未は花結の顔を思い浮かべながら困ったように眉を下げる。 「はい…実は、最近少し寝不足気味で」 「心配事でもあるのか…」 「梶本さんも知ってると思いますが、ヴァルトの住人全員宛てに投函された手紙…それが気掛かりで…皆んな、俺の事じゃないかって言うんです…ほら、この顔ですし」 勇大は改めて朔未の顔を見る。どこから見ても初見では女性と見間違う。手紙に書かれていた『姫』は本来ならば女性に使われる言葉だ。住人達の予想が朔未に集まるのは必然的だった。 「心当たりは…」 「分かりません…すぐ思い浮かぶ人は居ませんが、好意を寄せてくれる男性のお客様も居ますし」 「少し幅広の、年頃は中年…工場系の作業着に黒いジャンパー…帽子を被っていたが、髪は白髪混じり…どうだ、思い当たる奴は居るか?」 「え……すみません、全てのお客様を覚えている訳ではないので」 「そうか…この間、夜中にヴァルトの3階で出会した不審な男が居た…そいつかと思ったんだが」 「!…3階に?!」 「ああ…あの時は偶然、俺の帰宅と重なって相手が逃げ帰ったが…あと少し帰る時間がズレていたら花結が1人で出会していた事になる…今思えば、危なかったかもしれんな」 「じゃあ…姫は、花結さん?」 花結は細身で儚げな雰囲気もある。しかも乙女ゲーム好きだ。姫であっても不思議ではない。 「いや、特定出来んな…花結も、その男を知らないようだった」 「そうですか…笑武くんや沙希くんは夜中に裏の方から足音を聞いたと言っていました」 「裏?奴はヴァルトの周りをあちこち彷徨いているのか」 「分かりません…分からないから…いつ何処で、と思うと怖くて」 話しながら不安になったのか、俯く朔未。 「……姫とやらが外見から判断されるとは限らんぞ」 「はい…現状はヴァルト全員、姫の候補です」 「…俺もか」 「外見から判断されるとは限らない、ですよね?…玲司くんが不審な事に気付いた時には夜中でも呼んでいいと言ってくれてます…透流くんも、暫くは工房ではなくヴァルトの方に帰るようにすると…でも」 「…夜も眠れないほど不安なら、暫く透流か玲司の所にでも泊まるといい」 「1日、2日の事ならそうしますが…いつ解決するか分からないのにお邪魔できません」 「…そうか…もし待ち伏せでもされていたら…リベルタに逃げ込んで来い…俺に言ってやれる事はこのぐらいだ」 「ありがとうございます」 その会話をライトの入った箱を抱えて戻って来た蓮牙も立ち聞きしていた。 「ただいま」 「蓮牙くん、おかえりなさい…ライトは」 「ああ、もらって来た」 雑談を交えながらツリーの組立ては樹の部分だけで1時間を要した。シェフとバリスタ。考えてみれば、2人とも出来栄えやこだわりは人より強い職に就いている。朔未が適当に差して行った枝のバランス調整に要した時間が大半だ。 「「よし」」 声を揃えた勇大と蓮牙に、途中からこっそり抜けて読書をしていた朔未が顔を上げる。 「あ、納得いく感じになりましたか?」 「支柱も見えてないし、ボリュームもバランスも均等になってる」 「良い出来だ…どこから見ても抜けはない」 「ふふっ、それは何よりですが…この後の飾り付けを忘れないでくださいね」 「土台は仕上がったからね、飾り付けは朔未の自由にして良いよ」 「え?また俺がやるんですか…今の2人を見ていたら何と言うか、気後れします」 「気後れ?…飾り付けは楽しんでやるもんだろ」 「余程ふざけてなければ大丈夫」 「分かりました…そうですね、こんなに立派なツリーの飾り付け、なかなか出来る機会ありませんし」 「あー…言えてる!うちもツリーは飾ってもいなかったな…親が仏教だからとか言って」 踏み台を使って勇大と蓮牙が連携しながらライトをツリーに巻き付けていく。此処でもライトが外を向くように細かいチェックが入っていた。その間にオーナメントを手に取る朔未。 「可愛い…星に、天使…こっちは柊…」 「星はてっぺん用だから、俺が付けるよ…ちょうど踏み台乗ってるし」 「お願いします」 星を手渡す際に指が触れ合う。さっと素早く手を引いた朔未に蓮牙は苦笑した。 「綺麗だけどさ、オーナメントの赤色って血を現してるものが多いんだって…そう思って見ちゃうと、あまり浮かれた気分にもならないね」 「浮かれようにも蓮牙くん、クリスマスはいつもお仕事じゃないですか」 「そうそれ!俺にとってクリスマスとは暫くチキンとケーキとカップルが見たくなくなる日だから」 「何ですか、それ」 クスクス笑う朔未。 「うちの親にとっては、息子が余ったチキンとケーキを持ち帰って来てくれる日な」 「ふふっ、相変わらず冗談ばかり言って…大変ですね、梶本さん」 「…腕は良いんだがな」 「ちょっとちょっと、ひどいな2人して」 談笑しながら飾り付けは順調に進み、無事にlibertàのクリスマスツリーが完成した。 「わぁ…可愛くできましたね!」 「朔未の飾り付けもバッチリだしね」 「ありがとうございます」 パチパチと拍手して完成を喜ぶ朔未と蓮牙。勇大は時計に目をやると裏口を顎で指した。 「片付けは俺がやっておく…蓮牙、送ってやれ」 「え…いや、俺はそうしたいけど…」 「そうしたいなら、そうしろ」 「ちょっとシェフ…さっき言ったこと忘れたの?」 先ほど2人きりにはなれないと言っておいた筈と小声で訴える蓮牙に勇大は再度促す。 「すぐ隣だ、その間くらい良いだろう…もし蓮牙に何かされたら叫べ、俺が蹴り上げてやる」 「…そう、ですね…最近、治安の悪い話も聞きますし、お願いしても良いですか」 「あ…ああ、うん…もちろん」 朔未が承諾したことで、蓮牙は近くの荷物置きに入れていた上着を手に取った。 「梶本さん、お疲れ様でした…おやすみなさい」 「ああ、助かった…気をつけて帰ってくれ」 libertàからHeimWaldまでゆっくり歩いても数分。店を出れば、目的地はもう見えている。不審者が彷徨いている事例が無ければ、送る必要も無い距離だろう。 2人は少し離れて並んで歩く。 「流石に寒いね」 「ええ…暗くなるのも早くなって、星が綺麗に観えます」 「星…か、高原のリゾートまで観に行ったね」 「…そうですね、ドライブしてロープウェイに乗って」 「俺は教えてもらった星座が1つも分からなかった」 「ふふっ、自分の星座を探そうとしてましたね」 「楽しかったな…」 「いい思い出です」 思い出。過去である、という念押しに蓮牙が立ち止まる。釣られて朔未も立ち止まって隣を見た。 「なぁ朔未、さっきシェフと話してた事だけど…大丈夫なのか」 「え…ああ、その事ですね…正直、俺のことじゃなければいいなと思っています…でも、俺じゃないとしてもヴァルトの誰かがターゲットだと思うと心配で」 「俺の事も頼っていいから」 「え…?」 「24時間、いつでも呼んでいい…仕事中もスマホは携帯してるし」 「蓮牙くん…」 「それに、朔未が迷惑じゃなかったら部屋の前を見張っててもいい…だから」 「……ありがとうございます、気持ちだけいただきますね」 いつもの微笑みに含まれる困惑。蓮牙は溜息をひとつ吐いて足を進めた。 「ごめん、未練が隠せなくて」 「知ってます…ラテアート、今もハートですから」 「俺がバレンタインとリクエスト以外でハートを出すの、今も朔未にだけだよ」 「ハートは簡単って言ってましたよね…俺にだけ手抜きですか?」 「ははっ…バレた?」 「…すみません、貴方が吹っ切れないのは俺が不誠実な別れ方をお願いしたせいですね」 「何も聞かずに友達に戻って欲しい…ってね」 「…はい」 蓮牙がピースサインを作って優しく笑う。 「確認したかったのは2つ…1つ目、何かトラブルに巻き込まれて、迷惑かけないように別れたいって言ってたりしないか…2つ目、俺に別れたいと思わせる原因があったのか…どっちも違いますって言われたから、俺がどう頑張っても朔未の気持ちは変わらない、引き留めても無駄だって思ってさ」 「それは本当に違います…誰のせいでもない…もちろん蓮牙くんに原因なんて何もありません…貴方は優しくて…あったかくて…面白くて…大切な恋人でした…俺の気持ちだけが、原因なんです」 「それを聞けたから、身を引けた」 「怒っても良かったんですよ…最悪、友達に戻るどころか縁を切られる覚悟もしてたんですから」 「それこそ怒りたいな…振った上に友達まで失わせるつもりだった?」 「…いえ、感謝してます…今もこうして、一緒にいてくれる事」 「…許すよ、どんな理由が朔未の背景にあっても同じ事になってたと思うから」 「同じ事?」 「うん、どんな理由があっても、俺はきっと朔未の事を好きなまま…未練たらしく、もう一度振り向いてくれるのを待ってる」 「!」 「オーダーを繰り返します…何も聞かずに友達に戻って欲しい…以上で宜しいですか?」 「…ふふっ、はい」 「承りました」 HeimWaldの前に到着すると、蓮牙は不審者が居ないか周りを見回す。 「ありがとうございました…楽しかったです、クリスマスツリーの飾り付け」 「俺も楽しかったよ…おやすみ」 ひらりと手を振ってlibertàへと引き返す蓮牙の背に、伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめて部屋へと戻る朔未。 「…すみません…蓮牙くん…俺は」 Jingle Bells Jingle Bells。 クリスマスに浮かれる街並み。眩いイルミネーション。幸せな恋人たち。 それはとても、幻想に似ていた。

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