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第16話 次はハチミツ塗っていい?※

『母さん、再婚しようと思うの』 『…そう、なんだ』 笑武が高校受験を終えたタイミングで、両親は離婚した。原因は色々あったのだと思う、互いに相手を責めて、どちらも非を認めないでいるのでどっちもどっちなのかもしれない。 父が仕事に出かけているのは日中。夜逃げならぬ昼逃げで、笑武は母親に連れられて母方の実家に預けられた。泥沼の協議離婚。あれから僅か1年。突然の再婚宣言。 『前の奥さんと死別されててね、笑武と同年代の息子さんが居るのよ!笑武にお兄さんが出来るわね』 『え!』 『挨拶してね、仲良くするのよ』 お願いではなく、命令。笑武は突然増える2人の家族に困惑と動揺を隠せなかった。両親は本家の紹介による見合いだったと聞く。母親は、初めて燃えるような恋に落ちたようだ。父親は仕事人で、厳しく子育てにはあまり積極的では無かった。それでも家族の為によく働いてくれていた。どちらとも関係は良好だった笑武は、両親の離婚に口出しはしなかったが、家族が離れる事にひどく傷付いた。それなのに、その傷もまだ痛む内に今度は再婚。新しい家族が出来てしまう。 『栄生(さこう)です、よろしくね…あ、無理にお父さんと呼ぼうとしなくていいからね』 和食屋で紹介された新しい父親は、しっかりした身なりの特徴のない男性。それに比べて正面に座る新しい兄は、目を奪われるほどの美形だった。ワイルドツーブロックにしたグレーアッシュの髪は父親似で癖毛。吊り眉の下で人を見下す細く切れ長の双眼は、母親似だろうか。その黒に近い紫色の瞳は例えるなら闇色。何かスポーツでもしているのか男らしい骨張った骨格。大きな口は笑うと犬歯が覗いて、まるで牙に見えた。黒い爪痕のような柄の白いTシャツにモノトーンのジャージを羽織って、グレーのカーゴパンツを穿いている。シンプルな色ばかりなのにワイルドさが滲む。そして一番印象に残るのは、手。袖から覗く右手首に、アルファベットのMとセミコロンのタトゥー。 『あ…はじめまして』 『この子が、笑武よ』 紹介されて頭を下げる笑武。 『これは、うちの息子…笑武君にとっては兄になるわけだけど、ほら…挨拶しなさい』 『学矢(まなや)です、宜しく』 『学矢君は笑武のひとつ上になるわね、年が近いからきっと話も合うわ!ちょっとお話ししてみたら?』 『話…って、趣味とか合わないと難しいよ』 外見で判断してはいけないと思うが、自分と趣味が合うように見えない学矢に笑武は申し訳なさそうに俯いた。 『笑武』 母親が、小声で催促してくる。 『何が好き?何でもいいよ、食べ物でもスポーツでも』 『…う』 学矢から尋ねられて、笑武は焦って頭に最初に浮かんでしまったものを口にした。 『ぬりたてベアの黄色』 ぬりたてベアとは、笑武が好きな黄色いクマのタイトル名だ。人間に色んな色で塗られた設定のクマのキャラクターたちが登場する。特に黄色はマイペースでのんびりして他のクマを怒らせる事もあるのだが、優しくて憎めない。とても可愛いが、男子高校生で真っ先に好きと答えるのは珍しいだろう。母親の顔が引きつっている。学矢はと言うと、ニコニコしながら相槌を打って答えた。 『俺は紫色が好きかな、黄色は蜂蜜で塗りたてなのは納得しても良い、だけど紫色の毒で塗りたてには異議がある…誰かがトリカブトでも塗りたくったのか?1gでも死ぬぞ』 『え…あははっ、じゃあどうして紫色が好きになったの』 『紫色だけ顔が常に無表情なのに腹のドクロマークで感情表現してくる所がいい…何で他のクマはあの現象に何の疑問も持たないんだろうな』 『俺も、他のクマ達は表情が変わるのに、なんでだろうって思ってた』 『そう言えば今、期間限定のコラボカフェをやってる…紫色のメニューがどうなるか話題だったけど、何だったか知ってる?』 『うん!紫芋のモンブランだよね、普通に美味しそうだった…行きたいけど、女性が多くて…1人で行く勇気が無いんだ』 『それなら俺が連れて行ってやるよ…弟には優しくしないとな』 『う…うん!行こう』 (学矢さん…見た目はクールだけど、優しい人だ) まさか話が通じるとは思わなかった笑武は嬉しそうに笑う。それぞれの親も安心した様子だ。 再婚までの間、笑武の母親は長時間働きに出て生活に余裕はなかった。それは母親が、自分磨きに使う費用が跳ね上がったのが大きな原因だ。生活レベルも落としたくなかったらしく、笑武から見ても無駄遣いと思う買い物の仕方をしていた。それも、再婚後は変わる。 養父の家に引っ越して、母親は新しい家族を何が何でも成功させようと恋する女性から良妻になった。特に学矢に気に入られようとしている事は明らかで、毎日のように煽てている。スーパーの惣菜が多かった食卓に手料理も増えた。学矢が『母さんの手料理、美味しいね』と褒めたからだ。 『……もう、父さんのこと…忘れたのかな』 自分の部屋で笑武は机に向かいながら課題をやろうとするが、慣れない新生活で疲れが溜まっていたのか集中出来ない。 (ダメだ、ちょっと休もう) 二階にある自室から出ると風呂上りの学矢が隣の自室に戻る所だった。因みに栄生家の一番風呂は学矢である。 『課題、もう終わったのか』 『あ、ううん…捗らなくて』 『ん?詰まってるなら教えてやろうか?』 『参考書あるから…』 『そっか、頑張れよ』 とっくに課題を済ませて寝る前の時間を楽しむ余裕のある学矢。成績もよく、スポーツも万能。近郊とはいえ通う学校は違うのに、噂が届く程だ。学校を跨いで女子にも人気がある。 『ありがとう、頑張るよ』 『…笑武、ひとつ共有しておきたい』 『何?』 『俺とお前が兄弟関係になった事、外で話題にしていいか?』 『別にいいよ、本当の事だから…そのうち、どこかから知られるだろうし』 『了解』 『だけど話しても損しかないよ…俺は学矢さんと違って成績もスポーツも平均点しか取れないし、自慢出来るような特技もない…話したってつまらないよ』 『そんな言い方するなよ、可愛い弟が出来たって自慢しようと思ってるのに』 『…言いたければ好きにしていいよ』 少し、冷たい言い方になってしまった。反省しながら笑武は気分転換に近所を散歩して、順番的には最後の風呂にゆっくり入る。昔からの風習か、風呂の順番は=家族の順位と言われるが、笑武はゆっくり入れる最後の方が良かった。湯を落とした後の風呂掃除も、笑武の仕事だ。後を気にする必要もない。 『笑武、仕事が忙しくてなかなか構ってやれなくてすまない』 『おとーさん、いつもお疲れ様』 『笑武、お母さん今手が離せないの、あっちで遊んでなさい』 『おかーさん、いつもお疲れ様』 幼い頃、両親と交わした会話を思い出す。子供なりに自分は無力だと感じていた。せめて両親を困らせないよう、いい子にしていようと思っていた。自分が大人しくしていれば2人は喧嘩しないんだと信じて。 ガタン。椅子から落ちて倒れた衝撃で目が覚める。風呂掃除を終えて部屋に戻り、再び課題に取りかかったまでは覚えているが、いつの間にか寝落ちていたらしい。 『…いけない、そんなに疲れてるのかな』 開いたノートの文字は途中から幼稚園児の書いた文字のようにバランスが崩れていた。 (ひどいな…もう) 嫌になって溜息が出る。 コンコンコン、と3回ノックが鳴った。ドアを開けると学矢が紫色の炭酸飲料が入ったグラスを片手に持って立っている。 『さっき物音がしたけど大丈夫か?』 『あ、はは…いつの間にかうたた寝しちゃって、椅子から落ちてた』 『疲れが溜まってるんだろ、怪我しなかったか』 『してないよ…ごめん、急いで課題やらないと』 『これ、飲みながらやれよ』 『…ありがとう』 グラスを受け取って机に戻る笑武。すると学矢も続いて部屋に入って来た。 『入っちゃまずかった?』 『…いいけど』 『お…ぬりたてベア』 ベッドの上の黄色いクマのクッションをぽんぽんと叩く学矢。 『学矢さん、悪いけど相手してる余裕なくて』 『眠いんだろ?話し相手がいた方が、良いと思って…邪魔はしないつもりだ』 『邪魔なんて思ってないよ…ごめん』 『何の課題?』 『生物…選択科目』 『ああ、眠たくなりそうだな』 わざと欠伸をする学矢に笑武は小さく笑う。 『節足動物と同じように胚の原口が口の部分になるのって…棘皮動物だっけ』 『節足動物は旧口動物だから線形動物と同じだ、棘皮動物は新口動物』 『そっか…逆に覚えてた、ありがとう…学矢さんも選択科目、生物だったりする?』 『俺は物理の方』 『そうなんだ…』 学矢に差し入れしてもらった飲み物を一口飲むと炭酸が弾けて爽やかに喉を潤した。笑武はグラスの中の紫の液体を見つめる。 (あ、グレープソーダだ…冷えてて美味しい) 『笑武…父さん達に気を遣いすぎてないか?少し前まで赤の他人、いきなり家族みたいに接しろって方が無理な話だ…適当でいいぞ』 『…せっかく母さん達が新しいスタートをしようと頑張ってるんだから、仲良くしないと』 『だからって無理に合わせすぎるとストレス溜まるだろ』 『あと数年で独立する年になるから…その間くらい、うまくやれるよ』 『家族ごっこか…まさかこの年で、おままごとする事になるとはね』 『学矢さんこそ、疲れない?俺の母さん、学矢さんに気に入られたいみたい』 『俺の母さん、か』 『あ…ごめん、今は学矢さんの母さんでもあるんだけど…』 『いや、いい…知ってると思うけど、俺の母さんは病死してる…父さんの再婚前にやっと一周忌が終わったところだ』 『え…そんなに最近の話だったんだ』 母親から養父と前妻は死別しているとは聞いていたが、何年か前の話だと思っていた。本当に互いが独身者になってから出会ったのだろうか…疑った途端に気分が悪くなって考えるのをやめた。 『ああ、まだ倉庫には母さんの物が残ってる…片付けも終わらない内に新しい家族が我が家にやって来た、最初は思ったよ…薄情だってな』 『俺も…思っちゃった、もう父さんのこと忘れたのかなって』 釣られるように本音を溢してしまう。口を封じるように、グレープソーダを飲み干した。 『勝手だよな…親ってのは』 (あれ…このグレープソーダ…ちょっと苦い?) 『おままごとに疲れたら、吐き出しに来いよ』 『うん…う、ごめん…ちょっとだけ横になって良い?寝不足のせいかな…目眩がする』 『どうした…もう回って来たか』 『え?』 『一気に飲んだからな…』 ベッドに横になろうと立ち上がり、ふらふらと歩く笑武。 『飲んだって…あれ、何?グレープソーダじゃ、ないの?』 『同じようなもんだよ、アルコール5%の酎ハイなんて酒の内に入らない』 『は、入るよ!俺、未成年なのに……お酒なんて』 怒りたくても力が入らない。笑武は力尽きたようにドサ、とベッドに倒れ込んだ。 『笑武、ほら…ボタン外しな?少し楽になる』 楽になると言われて素直にきちっと上まで留めていたパジャマのボタンを3つほど外す笑武。 『……首のあたりが、熱い』 『本当だ、赤くなって来てる…弱いんだな』 『弱いって…まだ飲めない年だよ、俺たち』 『ごめんな、気を張りすぎてるから…少しだけ緩ませてやろうと思っただけだ、気付かないと思った』 『…誰にも言わないけど、ダメなことだよ…もう絶対、飲まないで…飲ませるのも、もちろんダメ』 『…久しぶりに誰かに叱られたな』 『…え』 『何でもない…約束する、もうしない』 『うん』 『水、持ってくる』 アルコールのせいなのか疲労のせいなのか、息切れがする。そして何故か泣きたくなった。家族の不安定さに気付いてからは自分の気持ちを押し殺して両親の機嫌を損ねないようにして来たつもりだったのに。結局、家族は離散した。母を支えたいと思ってついて来たが、あっという間に新しい家族の中に嵌め込まれ。守りたかった家族はもう過去の事になっている。心が追いつかない。 (本当だ…俺、ペースを合わせようと頑張りすぎて、疲れてたみたいだ) 『笑武…』 水のペットボトルを手に戻って来た学矢は袖で涙を拭っている笑武を見て心配そうに歩み寄る。 『どんなに頑張っても…もう遅いのに』 結果が変わらなくても、せめて一言だけでも反対して止めたかった。何の抵抗もなく家族の離散に賛成した後悔は今更、罪悪感に変わる。 『お前のせいじゃない』 ベッドに腰掛けて片腕を伸ばすと、笑武の頭を優しく撫でる学矢。 『そうかもしれないけど、俺…父さんと母さんが喧嘩してる時、何も言えなかった…止めたり、話し合ったり、何か出来たかもしれないのに…何もしなかったんだ』 『…どうして何も言えなかった?』 『だって…俺が口を挟んだら、2人の喧嘩が増えると思ったから』 それは自分の行いで余計に2人の仲が悪くなる事を恐れた、幼い頃から癖付いた精神的な支配。 『ほら、お前は2人の為に何も言わなかったんだ…何もしなかったのとは違う』 『…学矢さん』 『悪い結果が出ると、あの時こうしていればって後悔するんもんだよな…』 『…ありがとう、慰めてくれて』 状況は違うが、似た立場の学矢の言葉に救われた気がした。 『慰めになったなら良かった』 学矢から水を受け取る為に体を起こす笑武。泣いたせいで余計に熱が篭った顔。グズ、と鼻を鳴らして口呼吸している。 『ひどい顔しててゴメン』 『ひどくはない、真っ赤だけどな』 ぴた、と頬にペットボトルを当てられて気持ちよさそうに潤んだ目を細める笑武は、未熟で未自覚の色気を漂わせる。 『冷たくて気持ちいい…』 『課題の続きできそうか?』 『…課題?』 なんだっけ、と思考が酔っている笑武を見て苦笑を浮かべる学矢。 『責任取って手伝うよ、とりあえず水飲みな』 『水、飲みたい』 喉ではなく口が乾く感覚。笑武は学矢がキャップを外して差し出したペットボトルを受け取ると勢いよく飲みだした。しかし泣いた直後に口呼吸していた為、含んだ量が多すぎて呼吸が詰まり溺れたように軽く咽せてしまう。慌てて口を抑えたが口内に残っていた水は戻されて顎や首元を濡らした。 『え…大丈夫か』 『ゴホッ…ゴホッ…ごめん…もう…ほんと…何やってるのかな、俺』 背を摩ってくれる学矢に詫びながら濡れたパジャマを着替える為にボタンを全て外す笑武。開けた前から覗く筋肉量の少ない体。特に臍周りのラインが女性並みに薄い。 『ゆっくり少しずつ飲みな…このくらい』 学矢が笑武からペットボトルを取り上げて水を一口含む。そして大人しく見ていた笑武の唇にそれを口移した。首の後ろを抑えられて顔を引く事も出来ない。突然の事で抵抗もできず、流れ込んできた一口分の水をコクンと飲み込むしかない。 『…ま、学矢さん…自分で飲めるよ』 『また零すかもしれないだろ』 『ん…ッ』 何度も水を口移しで飲まされながら笑武はぼんやりと中身の減っていくペットボトルを見ていた。頭が回らない。 『ボーッとしてると、喰いつくぞ』 空のペットボトルが床に転がる。水を含まない唇が合わさってきた時、笑武は薄れて眠気に変わろうとしている意識を浮上させて学矢の胸を押し返した。 『もう、水ないよ…』 『知ってる、今のはキス』 『キス?』 ハッと唇を守るように片手で押さえる笑武。 『軽くしただけだろ、口移しは良くてキスはダメなのか?』 『ダメだよ…俺、初めてだったのに』 『ハハっ、そうなのか?初めての相手が兄さん…お、悪い事をしてるみたいで興奮するな』 『笑い事じゃないよ…そりゃあ学矢さんはモテるから、軽い気持ちだろうけど…俺は違うから』 『軽い気持ちじゃない…俺も慰めてくれる相手が欲しいんだ』 向けられる学矢の真っ直ぐな視線。笑武はその瞳を見つめていると闇に呑まれそうで怖かった。周りの世界など見えない2人だけの世界に連れ去られそうで、急いで視線を逸らす。 『だって…変だよ、慰めるためにキスなんて』 『笑武が慰めてくれないと…おままごとに飽きる』 『!』 『この家の中で、俺が笑って居られるのは笑武が居るからだ』 両親は新婚に熱をあげている。実母を亡くしたばかりの学矢にとって嫌悪感が無いわけがない。実父と仲が良かった笑武も同じくだ。両親が憎い訳ではない、新しいスタートを切るのなら反対はしない。しかしその気持ちは100%ではないのだ。不安定な気持ちを分かり合える同じ立ち位置の兄弟の存在は、確かに互いにとって安定剤となっていた。 『…俺も、学矢さんが居なかったら逃げ出してたかも』 『おいで、笑武』 ベッドに胡座を組んだ学矢に向き合い笑武が上に跨って座る。 『慰めるため、だよ?』 念を押して笑武はゆっくりと唇を合わせた。学矢が何度も啄んでくるのをじっと目を閉じて好きにさせていると、可笑しそうに笑われる。 『…待ってるんだけどな』 『え?ごめん…何か間違えてた?』 『それじゃ、名前呼んで』 『え…うん…まな……ッうう、ん』 唇を開いたタイミングを狙って学矢が深く唇を合わせた。侵入してきた舌の感覚に笑武が驚いて体を固くする。そんな初な反応も楽しみながら学矢は自分の上に跨る体を優しく抱きしめた。 『ん…甘い』 口内の唾液が絡まり合う。奥まで届く学矢の長い舌に応えようと必死に舌を動かす笑武。無意識にか手は学矢の部屋着を不安そうに掴んでいる。呼吸がうまく出来ずに真っ赤になっていく笑武に息継ぎをさせる為に一度唇を離す学矢。 『ふは…っ、キスって…苦しいんだね』 『ふ、笑武は本当に頑張り屋だな…』 濡れたパジャマを脱がしてくる手にも笑武は無抵抗だった。着替えの為だと思って、下心は疑いもしていない。 『少しクラクラしてるけど、着替えは自分で出来るよ…』 濡れたのは上だけなのに、下も脱がされて下着姿にされると流石に恥ずかしそうに訴える笑武。 『着替えは後で』 『後で?』 首を傾げて聞き直す笑武をゆっくりベッドに押し倒して邪魔な布が取り払われた体を改めて観察する学矢。細身寄りで文系の体は少し火照って赤みを帯びている。 『自転車が効いてるのか脚は締まってるな』 『あ、あんまり触らないで…』 太腿を揉まれて捩れる腰。 『可愛い下着』 『っ!ダメダメ!…見ないでよ』 ぬりたてベアのロゴ入りボクサーパンツ。基本は蜂蜜をイメージしたオレンジと白の生地だがよく見るとバックプリントが黄色いクマの尻尾だ。 『もう見た』 何とか視線から逃れようと横を向いて、両手で前を押さえて恥ずかしがる反応を愉しそうに見て尻尾の部分をつつく学矢。 『お尻…突っつかないで』 涙目で怒り口調になった笑武に、またも笑って学矢は覆い被さった。表情は優しいのに噛み付くように鎖骨や胸元に次々と痕を付けていく様はまるで獣のマーキングだ。笑武の体は緊張でガチガチに固まってしまった。 『痛い?』 『痛く無いけど…あちこち吸われて、変な気分』 『リラックスして…』 『キスって、こんなに体中にするものなの?』 『…もちろん』 当然と言い切って徐々に痕を付ける場所を下げていく学矢。笑武はまだ、これは唇から場所が変わっただけでキスの延長だと思っているようだ。痕が付いている事に気づくのは明日だろう。 『え…!そんな、所まで?』 膝を開かれて下着ギリギリの内股にも唇が及ぶと、前を押さえていた手が震える。 『ちゃんと脚開いてて…いっぱいキスしたいから』 『…う、うん』 これは本当に慰めになっているのだろうか。まるで手の甲にキスをする王子様のように、足の爪先にまでキスをしてくる学矢に笑武は困惑するしかない。 『可愛い』 その一言に尽きる感想。今度は下から上まで唇を這わせて、膝を開いていた手が背中に回されると後ろから下着の中に滑り込む。ぎょ、と目を丸くしてその手の方に視線をやる笑武。 『ま、学矢さ…手がっ、手が…下着の中に入ってる』 『知ってる』 自転車の影響で柔らか過ぎず張りのある臀部を大きな手が揉みしだく。尻尾の柄があった真ん中の割れ目に指を差し入れると侵入を拒もうと力を入れて挟んでくる。そんな反応も学矢を楽しませた。 『キスだけの筈じゃ…』 『そんな事、約束した覚えが無いな』 キスだけだと勝手に思っていた笑武は既にパニックだ。アルコールの熱と触れられる熱が混ざって息が乱れる。 『薄い色してる…こうすれば少しは実るか?』 学矢の舌先が小さめで薄色の乳首を舐め上げる、擽ったい感覚に襲われて首を横に振る笑武。気持ちいいと感じる感覚は、まだ無い。ただ他人に舐められていると思うと恥ずかしくて堪らなかった。ずっと前を押さえていた手が執拗に胸元に停滞する学矢の頭を抱く。 『もう…止めて、学矢さんは俺の……兄さんなのに…これ以上は』 『兄さんか…それ、いいな』 『え…っ』 『兄さんって呼ばれるのが嬉しいんだ…ダメか?』 『…呼んだら止めてくれる?』 『止めない…でも呼ばないと、痛くする』 ニヤ、と意地悪く笑われて困り果てる笑武。考えている内に守りの外れた下着を引き下ろされて羞恥心が爆発した。部屋の明かりも付けたまま。全部が学矢の目に晒される。湯気でも出そうな勢いであわあわと焦りながら下着を引き上げようと暴れる。 『み、見ないでっ……恥ずかしくて…無理だよ、っ』 『こっちも薄いな…でも、さすがにココは感じるだろ』 『ぁっ…汚いよ…触らないでっ、兄さん』 『お…呼べたな、素直でよろしい』 褒めるように軽く口付けられて笑武は嬉しいと思ってしまった。そして固まっていた体から力が抜ける。それは諦めではなく受け入れ。自分以外には触れさせたことの無い下腹部に初めて他人の手が触れる。それも、無縁とは言え兄の手が。 『っ…ん…なんか、ムズムズする』 下を愛撫しながらも、時折未熟な乳首も育てようと丹念に唾液を舌で塗りつける学矢に、まだ自分では動けない笑武は身を任せていった。 『大きくなってきた…笑武の蜜も蜂蜜みたいに甘そうだな』 『ぅ…あ、甘くない…よ、絶対』 優しくゆっくりと扱かれて反応を示す中心。陰嚢を揉まれたり会陰を押されたりして先走りが止まらない。欲を言えば、もっと強く握って欲しい。笑武は中心を捕らえている学矢の手にそっと自分の手を添えた。 『グリップ強すぎると、強めでしかイケないクセがつくぞ』 『っは…でも…』 『声出して…気持ちよくなるから』 『…ぁ、あ』 『そう…いつも強めに握って抜いてる笑武を想像したら、興奮してきた』 『ぁう…っ、そんな想像…しないでよ』 始終涙目の笑武。その目は今や誘惑的でしかない。ゆっくりと促されても自分の意思とは違う手に扱われて煽られれば腰は早急に、本能的に突き動く。 『イきたそう』 こくこくと頷くと優しく擦られる。すぐにでも射精しそうだった下腹部は喜びに震えた。 『っあ…あ、ぁあ!』 勢い良く噴いた白濁の蜜。その大半は学矢の手中に受け止められる。 『次はコレを使って…後ろ解そうな』 『は、ぅ…後ろ?』 慰めはもう終わりだと思っていた笑武は起き上がってベッドの端に追いやられた下着に伸ばした手を止めた。鼻歌が漏れるほど機嫌よく手の中の溶いた静液を自身の指に絡める学矢。 『最初と同じように…上に乗って』 『…ど、どうして?』 『逃げないように、繋ぎ止めておこうと思ってる』 『逃げないよ…ここ俺の部屋だし』 下着に手が届いてホッと息を吐いたのも束の間、脇を抱えられて引き戻される。 『これは、お預け』 『えっ…何で…早く返して』 下着を再び取り上げられて仕方がなく、また手で前を押さえて隠す笑武。しっかり見られて、触れられて、感じさせられた後でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。 『はい、乗って』 『…逃げないのに』 しゅん、と落ち込んで学矢と向き合い、その上に跨る。最初と同じ体位だが、変化があった。 『キツ…』 『ぅえ?!』 内股に当たる硬い感覚。前を開いて取り出された学矢の中心は既に首を擡げていた。思わず見てしまった笑武は驚いて目を逸らすのも忘れた。 『そんなにじっくり見て…もしかして、しゃぶりたい?』 『あわ…う、そんなの出来ない!』 『あっはは、冗談だよ…でも慣れてきたら、やってもらおうかな』 学矢は笑武の腰を浮かせて跨る脚の間に腕を通すと白濁を塗り付けた指で未開拓の蕾を優しく押した。二本の指でマッサージでもするように周りを揉み込む。 『ッ…どこ触って…ぁ、ヌルヌルする…汚い…とこなのに』 『俺の弟は可愛いな』 気を逸らすために軽く交わされるキス。笑武はキスに抵抗はしないが、どうしても後ろで侵入のタイミングを狙う指が気になるらしく目線は下後方に向いている。 『ね…、も…何か、変』 『笑武は、会陰が弱かったから、こっちも気に入るよ』 『っひぁ!』 柔らかくなった蕾に学矢の小指がゆっくりと挿入される。何も知らない其処は小指でさえ締め付けられるほどキツい。 『…当然か』 『む、無理!無理!』 泣きそうな声をあげて学矢の首に腕を回してしがみ付く笑武。 『大丈夫…壊したりしないから』 『うぅ…にぃさん……』 浅い侵入を繰り返していた指は、回数を重ねて奥へ奥へと侵入を進める。そして指も徐々に太いものへと移って行った。しばらくそれを続けていると起こる変化。 『ん…さっきまで見つけられなかったのに硬いのがある、初めてなのに後ろで勃った?』 指に触れた前立腺。押せば臀部の筋肉を締めて反応する体。耐えるような吐息が笑武の唇を割る。 『だって…さっきの、余韻で』 『ここ、どう?』 中を漁っていた人差し指が前立腺を捏ねて刺激する。ぞわ、と通伝する快感。 『あ、ん!』 自然と出てしまった声に慌てて唇を噛む笑武。 『こら、噛むんじゃない…キスできないだろ』 『あ…、だって…声が、ぁ』 『はぁ…またそんな可愛い事言って』 囁いて優しくキスを交わしたのと同時に2本に増やされた指が蕾をゆっくりと広げるように動く。 『んあ!…ひ、開いてる』 『今2本入ってる…後もう少し…我慢我慢』 学矢は早く挿れたいという雄の本能を抑えながら筋肉の解れてきた蕾を押し開いた。 『っふ…うぅ』 ずっと学矢の首にしがみ付きながら耐えていた笑武の腰が揺れる。間も無く3本目の指も入るまで解れた蕾。頃合いを見計らってついに我慢を強いられ待ちかねていた熱が指の代わりに押し当てられる。 『繋ぐよ?』 耳元で言われた、繋ぐという言葉。学矢と繋がれる、繋ぎ止められる。笑武はそれを嬉しいと感じた。 そして小さく頷いて同意する。 『ん…ッ、兄さん…』 『痛い?ゆっくりな』 微かにだが、笑武も自ら腰を沈めて協力的に動いている。時間をかけて繋がって行く兄弟の体。 『う…くふ…ッ…もう入った?きついよ』 『んー?……うん、あと半分』 本当は、まだ先が入った所だ。汗を浮かべて、しきりに息を吐いて健気にも受け入れようとする笑武の素直さは度が過ぎて危ういレベルだ。 (俺が守ってやらないとな) 『兄…さん?』 もう見つめ合うのも怖くはない。視線を絡めて、最後は少し強引に突き挿れて繋がる兄と弟。戸籍に与えられた関係に歯向かうように激しく唇を奪い合う。 『笑武…』 体中に痕を付けて、付けられて。キスを交わして。そして体さえ繋げても、そこにはこんな時によく使われる愛の言葉は存在しない。これは自分達の現況への反抗で、慰め合いなのだ。 『あ、あッ…中が、溶けそうッ』 『そうだな、熱い…っ…』 締まろうとする蕾、そのキツさに耐えながら眉を寄せて突き上げる学矢と訳も分からないまま応えようと腰を揺らす笑武。感じる快楽と痛みと、反抗期の子供心。 『兄さん…ぁん、あぁ…ッ』 感じる場所を突かれて、笑武は堪らず自らの手を前に伸ばした。ポタポタと先走りを垂らす先を強めに擦る。 『…そんなに強く握って』 『や…ッ、見ないでってばぁ』 『はいはい…もう見たけど』 抜かり無く見ていた学矢。それでも笑武は止められず、手を動かした。 『ッ、はぁ…ぅ…俺、もうダメ…我慢できな…ぃッ、ッ…ぁあ!』 言い終わらない内に学矢の服に吐精してしまう。ビクビクと内股が痙攣した感覚。学矢は一度、動きを止めて繋がったままゆっくりと笑武を押し倒した。そして両脚を脇に抱えて再び突き動く。先程より激しく揺さぶられて笑武は達したばかりなのに空イキした感覚に襲われた。 『笑武…ッ』 笑武の名前を呼んで、吐き出す直前に抜け出した熱を押し倒した体に浴びせる学矢。腹や胸までべったりと学矢の蜜を塗りたくられて。笑武はぼんやりとしてきた意識の中で思った。 『俺も…ぬりたてだ』 クス、と学矢が笑った気がした。 夜中に目が覚めた時には体は綺麗に拭かれていて、服も着替えさせられていた。しかも半分は残っていた生物の課題まで笑武の文字をそっくりに真似て終わらせてあるサービス付き。夢だったのかと錯覚さえ起こしたが、下半身に残る鈍痛と情事の匂いはそれを否定した。 -ガサ。 聞こえた物音に過去の夢を見ていた意識が起こされる。夢の中と同じベッドの上に居た事で一瞬、混乱したが見回した部屋は実家ではなくHeimWaldのものだった。学矢も居ない。 溜息を吐いて起き上がると物音がしたバルコニーの方を見る笑武。 (何か聴こえる…もしかしてまたあの不審者?!よりによって俺、今夜はこんな格好なのに) 冬仕様のもこもこ素材を使ったぬりたてベアの黄色いクマの着ぐるみ風パジャマを着ている自分の姿。 「はぁ…これも兄さんに可愛いって言われたくて着てたんだよな…だから、あんな夢見たのかな」 夢の中の兄を思い浮かべて呟く。 「…地面ばかり見ていて気付きませんでした」 (え?な、何だろう?) バルコニーにかなり近い所ではっきりと聴こえた声は意味が分からない内容だった。笑武は意を決してカーテンを掴むと勢い良く開いた。 「…………ッ!!」

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