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第18話 歓迎会を開催します

アストと朔未が打ち合わせをして日時を決めた笑武の歓迎会。HeimWaldの交流会に閉店後のlibertàを使わせてもらうのは、もう恒例だ。 「うわーー…美味しそうですね」 主役よりも早く到着した朔未は大皿に盛られて並べられた何種類もの料理を見つけて目を輝かせた。 「余った材料使ってるから、おかわりは無し!早い者勝ち!ヴァルトの交流会は友情特別割だからね」 蓮牙がウインクして取り分け用の小皿を置く。 「充分です、後片付けとか時間外ですよね…俺やりますよ」 「だーめだめ、朔未にやらせたら皿代の方が高くつくから」 「俺でも皿洗いくらいできますっ」 「店任されてるシェフが許してくれるんだから、気にしなくていいよ…俺は朔未に会えるから好きで残ってるだけだし」 「夜食をつまむ為でしょう?」 「あ、バレた?空腹で家に帰るまで待てなくて」 「ふふっ、笑武くんにもお腹を空かせて来て下さいねって伝えてあります」 「俺も伝えたよ、うちのシェフが…おい、ヴァルトの新入りが好きなメニューはどれだ…って、睨んでくるから、うちの定番オムライスだよーってね!シェフ嬉しそうだったなぁ」 勇大のモノマネをしながら話す蓮牙。後ろから鋭い視線を感じて振り向くと厨房から腕を組んで勇大が此方を見ていた。 「あ、梶本さん!お世話になります」 朔未が手を振る横で肩を竦める蓮牙。 「ところでアストは?いつも1番早く来るのに」 「あ…あはは、アストくんは今頃、透流くんと一緒だと思います」 「え?」 「ハァーイ!お・ま・た・せ!」 裏口から聴こえた賑やかな声は、姿を見なくても律紀だと分かる。 「リッキー氏、我々は栄生氏を待つ方です」 次いで一緒に来たらしい花結の鋭いツッコミも聴こえた。 「3階の方が揃いましたね」 「あらぁ、サクミンちゃん!ちょっと見ない間に少し痩せたんじゃない?もともと細いのに!もしかして私に黙ってダイエット?抜け駆けはダメよ!」 今日はフルメイクの律紀。すっぴんの時よりも堂々として見える。 「え…そうですか?測定してないので自覚は無いんですが…それじゃ今日はたくさん食べて、痩せた分を取り戻します」 「それなら私のお手製パウンドケーキがおすすめよ、カロリー取っちゃって!蓮牙ちゃん、これも並べていいかしら」 「もちろん」 手作りのパウンドケーキをテーブルに追加する律紀。 「律紀さんの手作りスイーツも久しぶりですね」 「そうね、交流会に来たのも久しぶりだもの」 「旅行中でしたもんね、あ…お土産ありがとうございました」 「いいのよ、サクミンちゃんにはいつも本を借りたりしてお世話になってるんだから」 楽しそうに話す2人を素通りして静かに端の席に座る花結。俯いてスマホゲームをしているようだ。 「花結、久しぶり」 「……はあ、どうも」 気にかけて声を掛けた蓮牙とは目も合わせない。 「あら、ごめんなさいね、3階(うち)の花結ちゃんは恥ずかしがり屋さんなのよ」 「ははっ、でも俺には秘策があるから…まあ見てて」 そう言って蓮牙は何故かバリスタカウンターへと入っていった。そして再び裏口の開く音。 「す、すみません…ありがとうございます」 「笑武ちゃんは今日の主役なんだから、エスコートさせて」 善にドアを開けてもらって申し訳なさそうに中に入る笑武。更には当然のように手を差し出されて、どうしようもなくその手に自分の手を重ねる。偶然、善と同じタイミングで来てしまったのが運のツキと諦める事にしたようだ。 「笑武くん、待ってました」 「善ちゃんも一緒なのね、私もエスコートされたいわぁ」 出迎えに寄って来た朔未と律紀に笑武は照れ笑いを浮かべる。 「あはは…こんばんは」 「律紀ちゃんもエスコートしてあげるよ、席までで良ければ」 「きゃー!1番遠い席にしなくちゃー」 律紀が善に寄り付いてくれたおかげで、笑武は善から離れる事に成功した。 「ふふっ、何もされませんでしたか?」 「はい…その台詞、初日にも朔未さんから聞きましたよね」 「あれからもう1ヶ月ですか…早いですね、なんて言ったらお年寄りみたいですか?」 「本当に早いです…短い間に色々起きたし」 「そうですね」 「朔未と善は席離れろよー」 カウンターから聞こえた蓮牙の声に苦笑する朔未。 「俺がまだ彼と付き合っていた頃に、善くんが俺の事可愛いって言ったのを根に持ってるんです」 「なるほど…って!朔未さんって蓮牙さんと付き合ってたんですか!」 「あれ?蓮牙くんから聞いてませんでした?」 「初耳です」 「でも過去形ですよ、察してください」 「は、はい」 (そうだったんだ…確かにカフェ好きな朔未さんとバリスタの蓮牙さんなら、お似合いだったと思うけど…ビックリだなぁ) お揃いのペアマグカップで仲良くコーヒーを飲む2人を想像して赤くなりながら頷く笑武。 「因みに私は善ちゃんのせいで傷心旅行に出たこともあるのよぉ」 突然、律紀が主張する。 「え?!」 「ごめんね…恋人未満じゃ駄目かな?」 「これよ!ひどいでしょ、偽物の愛で満足しろって言うんだから!それでもクラッとしちゃう私はもう手遅れよー」 大袈裟に顔を手で覆って泣き真似をする律紀。 「リッキー氏は、その後、懲りもせず同じ事を繰り返しているので…ある意味、自滅行為です」 「んまぁ、花結ちゃんたら!私はただ、恋多き乙女なだけなのよ!」 「あはは…花結さんて、律紀さんにはよく話すんだね」 「…隣人なので、捕まると話が長い人ですし…はぁ…慣れとは恐ろしい」 「ちょっと、なんで溜息つくのよ!」 笑武の楽しそうな様子をにこにこと微笑んで見ていた朔未を後ろから抱きしめる善。いつもの事なので驚くよりも呆れて相手を見上げながら振り向く。 「善くん、手隙だからって俺を捕まえないでください」 「朔ちゃんに構ってほしい気分だったから」 「今日は笑武くんの歓迎会ですよ、善くんは夜勤で話す機会も少ないでしょう?たくさんお話ししてあげてくださいね」 「喜んで」 当の笑武はテーブルに並ぶ料理に目を輝かせている。 「うわー!お腹空かせて来て良かったぁ」 「あれ…俺、勇大さんの料理に負けちゃった?」 「ふふっ、笑武くんは花より団子でしたね…俺もですけど」 裏口のノックに気付いて勇大がドアを開ける。すると寒さに耐えきれず手を擦り合わせながら沙希が飛び込んできた。 「ううぅ…さむっ、何でもいいからあったかい飲み物ちょーだい」 「バリスタに頼め」 足早にバリスタカウンターに駆け込む沙希に後から入ってきた玲司は溜息を吐いた。 「だからあれほど上着着て行けって言っただろ…近いからって薄着で出るからだ」 「お前さんはあれの世話係だろ…しっかり着せて来い」 「俺のせいかよ」 「梶本さん!料理って余ったら持って帰っていいですかッ」 カウンターから厨房を覗いた笑武を振り返る勇大。 「…ああ、その方が助かる」 「ありがとうございます」 蓮牙にホットミルクをもらって漸く落ち着いた沙希が笑武の元にやって来る。 「あはっ、俺なんか最初からそのつもりで持ち帰り用の容器持って来てるし」 「え、あはは…沙希さんは準備いいね」 「でも今日は珍しく花結が居るから、あんまり残んないかも」 「花結さんが来るのって珍しいんだ」 「いつも、この時間はライブ配信がなんとかって…とにかく来ないことの方が多め」 「そうなんだ、なんだか嬉しいな」 「って言うか善が居る方が珍しいし」 「あ…そう言えば、善さんは夜勤だから休みが重ならないと難しいよね、今月は繁忙期だろうし」 「そう、それな…参加人数、過去一かも」 「そうなの?!」 「うん、交流会って自由参加だから全員が揃うことってまず無いんだよね…俺も参加するようになったの最近な方だし…」 「笑武くん、俺にくっ付いてる人を引き取ってもらえませんか?」 朔未に手招きされて笑武が苦笑を浮かべる。 「善さん、まさかお酒飲んで来てないですよね」 「飲んでないよ…たまには飲まない日を作らないとね」 「ですね、安心しました」 「善くん、禁煙日も作ったらどうですか?」 「それは難しいなぁ…口が寂しくなった時に朔ちゃんがキスしてくれるなら、考えるけど」 「お断りします」 朔未は腕時計を見て参加者を見回した。 「そろそろ時間なんですが…」 その時、到着したばかりのアストが急いで来たせいで乱れた息を整えながらフロアに入って来た。 「アストくん!」 「はぁ…はぁ…お待たせしてすみません、交渉が難航してしまって」 「あれ…透流くんは?」 「すみません、朔未さんに良い報告をしたかったのに」 「そうですか…仕方がないですよ、アストくん、お疲れ様です」 「いえ…早速笑武君の歓迎会を始めたいところですが、朔未さんに触れている、その男の腕を捻り上げるのが先ですね」 アストの背後に怒りの炎の幻影が見える。善は捻りあげられる前に朔未を離して両手を上げると降参して見せた。 「勇大君もこっちにいらっしゃいよ」 「そこは客席だ…俺は厨房(ここ)でいい」 「もう!相変わらず頑固ちゃんなんだから!」 勇大と蓮牙を除いて全員が席に座るとアストが咳払いして仕切りをつける。席は、奥から花結。その向かいにアスト。花結の隣は律紀、善、笑武の順で、アストの隣は朔未、玲司、沙希の順だ。 「2分も遅れてしまい申し訳ありません、参加者も揃った事ですしこれより笑武君の歓迎会を開催したいと思います!いつも通り自由にしてもらって構いませんが、目的は笑武君との親交をより深めることです、特に普段は話す機会の少ない住人の皆さんは積極的に話しかけてあげてください…それと今回も梶本さんの厚意に甘えさせていただきました、取った分の料理は食べ切るように!以上です!」 「はーい♡」 ひとり手を挙げて返事をする律紀。 「ふふっ、笑武くんには最後に挨拶してもらいますね」 「あ、はい…でも先に一言だけ…俺なんかの為に、みんなの時間を使ってもらってありがとうございます…迷惑じゃない人は…よ、よかったら連絡先とか…交換してもらえたら嬉しいです」 スマホ片手に照れ笑いを浮かべる笑武にバリスタカウンターから蓮牙が声をかける。 「笑武君、うちのシェフはガラケーだからアプリ系はNGなー」 「……アプリ?」 蓮牙の隣で不可解な顔をしている勇大。 「初期設定のスマホがブラックコーヒーなら、アプリはミルクや砂糖だよ、お好みで追加出来るんだ」 「…言っている意味がまったく理解出来んな」 「うん、シェフはそのままでいて…面白いから」 「2時間程度で終了予定です、各自楽しんでください」 歓迎会が始まると勇大は笑武の元に定番オムライスを運んできてくれた。 「え…梶本さん、これ!わざわざ作ってくれたんですか!」 「気分じゃなかったら、すまんな…営業中ならメニューから選ばせてやれるんだが、材料の兼ね合いで勝手に作らせてもらった」 「いえ!嬉しいです!俺、リベルタのオムライス大好きで!また食べたいなって思ってたんです」 「そうか…」 「梶本さんは自分で創作料理とか、作るんですか」 「…たまにはな…基本はオーナー夫妻から教わったものを忠実に作っている…店に新しくメニューを出す時も、必ずオーナーのチェックは通すようにしている…リベルタは、俺の店じゃない…オーナー夫妻からの大事な預かりもんだからな」 「じゃあこのオムライスは、梶本さんにとって…おふくろの味、みたいな感じなんですね」 「…ああ、オーナー夫妻の作る料理に惚れて…俺はシェフになった」 「俺は料理、簡単なものしか作れないから…良かったら今度、俺でも作れそうな料理を教えて下さい」 「…誰か、手料理を作ってやりたい相手でも居るのか」 「え!」 すぐに思い浮かんだ兄の顔。料理も上手く、体調を崩した時には手早くリゾットを作って看病してくれた事を思い出す。 「うちの若い従業員が、よく言うからな…相手の胃袋を掴みたいから料理を教えてくれと」 「あ、あはは!俺はただ、自分の胃袋を満たしたいだけです…いただきます!」 少しだけ頬を赤くしてオムライスにスプーンを入れる笑武。 「笑武ちゃん、私はパウンドケーキを作って来たの!嫌いじゃなかったら食べてね」 「律紀さんはお菓子作りが得意なんですか」 「得意というか趣味の域よ、プロのようにはいかないわ…ヴァルトのみんなと話すきっかけにクッキーを焼いて配ったりしてたのよ、今度笑武ちゃんにも作ってあげるわね」 「楽しみにしてます」 「…全部、ハート型でした…怖かったです」 「花結ちゃん!」 「でも…美味しかったですよ、念のため…毒味はしましたが」 「毒味?毒味ってどういう事よ」 「ちょっと待ってください、花結さん…律紀さんのクッキーをおやつにお茶をした時、先に僕に味見させたのは、まさか毒味の意味だったんですか」 アストが口元を引きつらせて聞くと、花結は無言でコクンと頷いた。 「ひどい!ひどいわ!愛情込めて作ってたのに!」 「あ…そう言えば兄さんもバレンタインのチョコ、手作りのは受け取るけど何が入ってるか分からないから食べないって言ってた…それと同じかな」 「栄生氏…追い討ちをかけますね」 「え!あ!ごめん律紀さん!兄さんはよく知らない人からも貰ってたから!俺、パウンドケーキいっぱい食べます!食後のデザートに甘いものって嬉しいし!」 ショックで魂が抜けかけていた律紀がパウンドケーキの皿を手に取ってくれた笑武を見てなんとか正気を取り戻す。 「俺は好きですよ、律紀さんのお菓子…コーヒーによく合います」 「あん、サクミンちゃん優しい!好き!」 朔未に投げキッスをしている律紀。アストが露骨に嫌そうな顔をしたのは見なかった事にして笑武はオムライスを頬張った。 「やっぱり美味しい…梶本さんが彼氏だったら、毎日美味しいお弁当作ってもらえそうだなぁ」 「いい子が居たら紹介してあげて、今のところシェフの恋人はリベルタだからさ」 「すみません、俺も恋人居ないんです」 「葵くんは分かりませんが、ヴァルトでは恋人の居る人の方が珍しいと思いますよ…玲司くんは」 「最近、明梨を見かけたか?」 「ですよね…もしかしたら今は全員いないのかも」 「自分は2次元に配偶者が居るので、必要ないです」 どうやら花結の恋愛対象は2次元だけのようだ。 「一夜限りの恋人になら、なれるよ」 「それは恋人じゃありません、貴方の場合それはお客様です」 ホストの夕としてなら、誰の恋人役にもなる善。アストは鋭くツッコミを入れた。 「アスちゃんとなら…一夜限りなんて言わないよ、恋人としての時間を終わらせたりしないから」 「1秒でもお断りですね」 善からの求愛をいつものようにズバッと切り捨てて、食事を進めるアスト。 「…はぁ…今日もフラれた」 「あの、善さん!料理食べましょう!どれも美味しいですよ!」 「ありがとう笑武ちゃん、せっかく隣に座ってるんだから、食べさせてくれる?」 「え?!」 「笑武ちゃんが食べさせてくれたら、元気出そうだな、俺…そのオムライス、一口くれない?」 それを聞いて笑武は新しいスプーンを手に取ると、まだ手を付けていない部分のオムライスを掬って善の口元に運ぶ。 「ど、どうぞ…」 「素直な子は好きだよ…美味しそう」 「オムライスのことですよね…?」 「ん?」 否定も肯定もしないで笑武の運んでくれたオムライスを食べる善。 「アストー、善が笑武を狙ってるー」 沙希の告げ口により、気づいたアストがギロリと善を睨んだ。 「そこ!笑武君に何をさせてるんですか!」 「料理は可愛い子に食べさせて貰った方が美味しくなるんだよ、アスちゃんが食べさせてくれたら最高に美味しいと思うな」 「絶対に嫌です」 「は…はは、このオムライスが美味しいのは梶本さんの腕が良いからだと思いますけど」 「笑武君、その男は甘やかすと危険ですよ…くっ…透流が居れば間に座らせるのに」 「俺が笑武と席代わってやろうか?」 玲司の申し出に笑武は首を横に振った。 「善さん夜勤だし普段はあまり話す機会がないから…この機会に話してみたいんだ」 「ご指名?嬉しいな」 「う…」 「玲司の席も羨ましいけどね…ローテーションする?」 「「ダメ!(です!)」」 両隣の沙希と朔未からそれぞれの腕に抱きつかれて身動きが取れない玲司。 「なんだ?!お前ら離せ、食えねぇだろうが」 「うふふ、ビズ組は仲良しちゃんね」 「玲司くんと善くんに交代されたら、俺たち食事に集中できません」 「気抜いたらベタベタされる!」 「お前の普段の行いのせいだぞ、善」 「両手に花だね」 「お前のせいだって言ってるんだけどな……ん?」 玲司が朔未の方を見て僅かに顔を近づける。 「玲司くん?」 「……お前、喫煙所にでも入ったか」 「!!」 朔未が驚いて玲司から離れた。微かに手が震えて動揺を隠し切れていない。 「ごめんね、さっき俺が抱きしめてたからだよ」 時には営業外で客に会う事もある夜の仕事。営業外の関係については、店側は基本的に干渉しない。ただし店内の従業員との関係に関してはプライベートは一切禁止の店が多く、中には罰金が発生する店もある。おそらく朔未は、ここに来る前に喫煙者の客と会っていたのだろう。それも髪に香りの移る密室で。自分では気付きにくい残り香も、他人には敏感に気づかれる。善はすぐに気付いて朔未をフォローする為に予め抱きしめておいたのだ。 「ああ、それでか…朔から煙草の匂いがするのは妙だと思ったぜ」 「朔未さんに害しかない煙草の匂いなど移さないでください!まったく、ろくな事をしませんね」 朔未は自分を落ち着かせるように急いでいつもの微笑みを作った。 (偶然、善くんのせいになって誤魔化せたけど…もっと、気をつけないと) 「気をつけて、朔ちゃん」 「…え?!」 「袖、汚れるよ」 少し緩めの袖口をした服を着ていたせいで、料理に袖が付きかけていたようだ。善に指摘されて袖を少し捲る朔未。 「すみません、ありがとうございます…善くん」 いつもは優しく笑って話す善が珍しく真顔で指摘してきた事に微かな違和感を感じながらも、玲司に夜の仕事がバレずに済んでホッとした事の方が大きい。朔未はやっと平常心に戻って自然な笑みを浮かべ直した。 「笑武ちゃん、俺といい事しようか」 「いっ、いいこととは…」 「連絡先交換……何だと思った?」 「あ!それなら、ぜひ…夕さんの名刺に書かれてたIDは、やっぱり営業用ですか」 「うん、あっちでもいいけど、こっちの方に連絡してもらった方が返信は早いよ…夕のは通知量が凄いからどうしても確認が遅れるんだ」 「ありがとうございます」 「あはっ、笑武と連絡先交換したの俺が1番だかんね」 「そうだね」 「玲司もすれば?」 「あ、玲司さんの連絡先はもう知ってるよ」 「は?!いつの間に?!」 「え、えーと…」 「お前が拗ね散らかして、朝まで帰ってこなかった時だ」 「……あ、あー…あの時」 沙希は一瞬だけ善を見て、気まずそうに声のボリュームを絞っていった。 「朔未さんとアストさんも歓迎会の打ち合わせの為に交換したし」 「私も教えるわよ〜」 律紀の申し出に嬉しそうに笑う笑武。 「ありがとうございます」 「…自分も、一応教えますが…ボイチャ以外では…話すのが苦手なので、電話には基本出ないと思ってください…」 「う、うん?ボイチャ?…えっと、メールとかメッセージ派って事だね」 「…です」 「気をつけるね…ありがとう花結さん」 「因みにボイチャはボイスチャットの略です…自分は最近、コラボしているチャンネル主の方とバトルエリアで生き残りをかけて戦うゲームにハマってまして…当面の目標は公式大会に出る事です…1配信10キルを目標に、まずマッチングですが…海外のサーバーで…」 その後、数分間。花結のゲーム説明だけが延々と続いた。 「蓮牙…俺は若いもんの言葉が、分からねえ事が多いが…あれの言っている言葉は特に分からん…何を10切ったら良いんだ…」 「切るじゃなくてキルだよ、シェフ」 「……」 勇大は理解するのを諦めたらしく、厨房の片付けに行ってしまう。その背中は少し落ち込んでいるように見えた。 「はいはい、花結!いいもの作ってあげたよ」 バリスタカウンターで何か作業していた蓮牙がカプチーノ片手に花結の元にやって来た。先ほど言っていた花結と仲を深めるための秘策のようだ。 「…は、はい?」 明らかに引き身の花結の前に置かれたカプチーノにはラテアートで花結が好きな耳の垂れた侍女風の白ウサギのキャラクターが描かれていた。 「好きでしょ?このキャラクター、いつもキーホルダーに付けてるし…けっこう難しかったよ」 「こ、これは!」 目にも留まらぬ速さでスマホのカメラを起動してラテアートを連写する花結。作戦は成功したようだ。小さくガッツポーズする蓮牙。 「なに蓮牙、次は花結口説いてんの?いつも同じ手じゃん」 「え?!誤解誤解!下心は誓って無いよ!ただ花結ともう少し仲良くなれないかと思って…ははーん、さてはやきもちだな?沙希」 「なんで俺がやきもち妬くんだよ」 「いつもサラダ奢ってくれる優しい俺のこと、気になってきたとか?困ったなー、沙希は美人だけど我儘がA5ランクだしなぁ」 「人を牛肉みたいに言うなよ!あとサラダは嫌がらせだろ!」 「嫌がらせなんてとんでもない、気付いたら沙希のテーブル用のが作ってあるんだよ」 「沙希…貴方、野菜嫌いなんて子供みたいな事をまだ言ってるんですか!良いですか?厚生労働省の指標では野菜は1日350gが適量とされています!野菜には僕たちの健康に必要な栄養素であるビタミンや食物繊維等が多く含まれているんですよ…中でも僕のおすすめはトマトです、海外にはトマトが赤くなると医者が青くなるということわざまである程…」 その後、数分間。アストの野菜語りだけが延々と続いた。 「アスト君は土から生えるものについては熱量が凄いですね」 「そうですね、花でも野菜でも…土いじりをしている時間は至福の時です」 和やかに歓迎会は過ぎて、予定の時間の半分を過ぎた頃。裏口から新たに入って来た人物に笑武は驚いて目を見開いた。 「やあ、遅くなってごめんね」 「透流さん?!」 「大変だったよ、口説いても落ちてくれないから攫って来た」 言葉通り、今もまだ奥で渋っている誰かの手首を掴んで逃さないよう引っ張っている透流。 「透流くん、それじゃあ…」 「うん、最初はアストと一緒に誘ってたんだけど…まあ見事に断固拒否されてね、アストとは相性悪そうだったし、俺1人残って今まで勧誘続けてたんだけど…やーっと出て来てくれて助かったよ、凍死するかと思った」 透流が引っ張り込んだのは、不機嫌を露わに一同を睨みつける葵だった。透流の上着を羽織っているのは部屋から出てきた所を強引に連れて来られたからだろう。 「透流、よくやりました…これで交流会始まって以来の、ヴァルト全員参加です!」 イェーイ!というノリの良い律紀と蓮牙の歓声と疎らな拍手が起きた。 「何が全員参加だ…俺は東に騙されて連れて来られただけだ、帰る!」 「まあまあ葵君…せっかく来たんだし、少しだけ暖まって行こうよ、外は寒いよ」 「来たくて来た訳じゃない、ベラベラと煩かった貴様が急に黙るから部屋の前で凍死でもされていたら迷惑だと思って確認に出ただけだ……この詐欺師」 「人聞き悪いなぁ…寒くて口が回らなくなってたんだって」 「嘘をつけ」 「初見君、ここはリベルタ…カジュアルレストランだよ?お店に入って席にも付かないなんて釣れないじゃないか…ささ、此方へどうぞ」 蓮牙が笑武の隣に追加した椅子に葵を誘導する。葵は苛ついた溜息を吐き捨てて、その椅子に座ったが依然として不機嫌なままだ。透流も苦笑して向かいに用意された席に着いた。 「何で俺が…クソッ、東のやつ覚えていろ」 「温かいドリンクでもどう?マスクしていたら、飲めないけどね」 葵の前にドリンクメニューを開いて見せる蓮牙。 「その子にはあったかいお茶出してあげて」 透流が代わりにオーダーすると蓮牙は笑顔でカウンターに向かった。 「あ、あの…葵さん、今日は俺の歓迎会っていう名目が付いてるんです…だから、まさか全員参加なんて…なんだか凄く嬉しくて」 「…俺が被った迷惑を喜ぶ気か?さすがは黄色いクマ、頭の中は花畑、脳みそはハチミツ製だな」 「あう…」 間も無く打ちのめされる笑武。 「ちょ、何で無理やり連れてきたんだよ…すげー怒ってんじゃん」 「いやね、俺も交流会は自由参加なんだし諦めたら?って言ったんだけど…サクミンとアストが、せっかく笑武君で部屋が全室埋まったんだから全員参加にしたいって駄々こねるもんだから」 「そっか!3-D号室は貸し出してないから、俺で満室なんだ」 「あら笑武ちゃん、気づいてなかったの?」 「そもそも意識をしてなくて」 「今まで単身赴任の人とか、浪人生さんとか色々出入りがあったけど…しばらくはこのメンバーで固定しそうじゃない?だからアストちゃん達も今日だけは、全員参加できるように頑張っちゃったのよね」 「確かに少々、強引でした…すみません」 「少々の分量を知っているのか?」 「あなたこそ、棘のある言葉しか知らないんですか?」 アストと葵の間で火花が散っている。 「ははっ、まあ仲の良し悪しは置いといて…よろしくって事で、ね」 蓮牙が落ち着かせるように葵の前に緑茶を置く。 「おい、栄生」 「え!」 「自分の名前も忘れたのか?」 「す、すみません!名前、覚えててくれたんだ」 (もうずっと黄色いクマって呼び続けられるのかと思ってたよ…) 「これで借りは返した、お前達の仲良しクラブにこれ以上俺を巻き込まないでくれ」 「借り?……あ!あの不審者の事なら俺は借りなんて思ってないです…その後は大丈夫だったんですか?」 「当然だが容疑は全て認めたそうだ、後は警察の仕事だろ…豚の丸焼きにでもして欲しいくらいだ」 「あ、いえ…俺が気掛かりだったのは葵さんの方です、足、痛めてたから」 「そんな事もあったな、もう忘れていた」 「それじゃあ大丈夫ですね」 お茶を飲む為にいつもしている黒いマスクを外す葵。その素顔を近くで見るのは透流以外は初めてだ。 マスクをしていても美形だと認識できる顔立ちだが、その認識は改めて正しかったと証明される。 シャープな輪郭は彫刻のように整っていて。口元の左下にあるホクロは雰囲気に色気を添えている。 「善、先に止めといてあげるけど葵君は口説いちゃダメだよ…熱いお茶を浴びたいなら良いけどね」 「それは残念だな」 「バーで色っぽい位置にホクロあるよねって言ったお客が水浸しになった事があったっけね」 「その客は貴様だ、東」 「透流くん!葵くんを口説いたんですか?」 「そんな気は無かったんだけど…ただの褒め言葉のつもりで言ったら気に障っちゃったみたいで」 「分かるよ透流、俺も何回も失敗した事あるから…ナンパって難しいよね」 「一緒にしないでもらえる?」 一方的に蓮牙から同情されて冷笑を返す透流。 「あの、透流さんの工房って、お店になってるんですか」 「いんや、俺個人で使ってる小さな工房は親からのお下がり…店は店で工房があって、親が営んでるからそっちがうちのメイン…親に言わせれば俺はまだまだ見習いだからね」 「でも透流くんの工房、見学に行くと面白いんですよ!最初は1枚の革だったのにあっという間に機械で裁断されて透流くんが魔法みたいに財布や鞄にしちゃうんです」 「自分で財布とか作れるのっていいなぁ、売ってなくても欲しいデザインに出来るし」 「楽しいよ…世界に1つだけの物って、それだけで特別に思えるでしょ?」 「そうですね、好きな人にオーダーメードの物を貰ったら一生大切にすると思います」 透流は穏やかに微笑んで皿に取り分けた料理をウエイターのように葵の前に運ぶ。 「どうぞ」 「お前持ちだからな」 「はいはい、覚えてますって」 どうやら交渉中に葵の分の会費は透流持ちと話がついていたらしい。 「…葵さんって、ピアノ弾けるんですよね」 「それがどうした」 「楽器が弾けるのってカッコイイなって思って」 「それは演奏を観てから言うんだな、観てもいないのに何故カッコイイなんて言えるんだ」 「す…すみません、イメージで言っちゃって」 再びしゅん、と肩を落とす笑武。 「翻訳すると…今度弾いてるとこ観においで、って」 「え!」 「東、勝手な翻訳をするな!」 「ゴメンね、葵君はすごーく捻くれてるけど、分かってくると可愛い部分もあるよ…時間かけてあげて」 「何を分かった風に!」 「えと…俺、葵さんと話せて嬉しいです…最初なんて顔も見せてもらえなくて、すぐドアも閉められちゃったから…あの時は変な自己紹介になってすみませんでした」 「…」 ふい、とそっぽを向いてしまう葵。透流は苦笑して自分の分の料理を取り分けた。その隣で嬉しそうにスマホを翳して料理の写真を撮っている沙希。笑武はその姿に沙希と初めて会った時も嬉しそうに引越し蕎麦を撮っていたのを思い出す。ネット用ではなく記念撮影だとも言っていた。 「沙希さんは、よく料理とか撮ってるけど…写真好き?」 「んー…写真は別に、撮れてればいいけどさ…俺、楽しい時の写真集めてんの」 「集めてる?」 「うん、いつかどっかでバッタリ会ったら見せつけたい奴が居てさ…俺、新生活こんなに楽しんでるからって自慢しながら報告すんの!…あ、笑武が作ってくれた引っ越し蕎麦もちゃんと残してあるし」 「へえ…その報告をしたい人って」 「沙希、俺にも見せろよ…笑武の作った蕎麦」 どんな人?そう聞こうとしたら玲司が不自然に話を遮った。 「え?あ、うん!カップ麺で良いのに笑武わざわざ蕎麦買いに行ってさ」 (あれ?玲司さん…今、わざと話題逸らした?) 各々が食事と会話を楽しんで過ぎていく時間。料理も残り少なくなった為、持ち帰り組が分け合って浚えていく。空の皿は蓮牙が順次片付けてくれるのでテーブル上がドリンクのみになるのは早かった。 「はぁ、お腹いっぱい!勇大君の腕は上がる一方ね」 「律紀ちゃんのケーキも美味しかったよ、ごちそうさま」 「あん…善ちゃんになら毎日でも作るわよッ」 善に褒められて律紀は周りにハートマークが乱舞しているかのような浮かれ様だ。 「そろそろお開きの時間ですね…笑武君、今日の主役は貴方です、締めてもらえますか」 「あ、はい」 笑武は立ち上がって改めてHeimWaldの住人一同を見渡した。そしてヘラッと頬を緩めて笑う。 「なにニヤニヤしてんのー」 「あはは…嬉しくてつい…えっと…もう1ヶ月なんてビックリするくらい早かったです…朔未さんに歓迎会を予定してるって言われた時は、みんなともまだそんなに話せてなかったから…当日、何人来てくれるんだろうって変な心配しちゃったりして…でも、色んなことがあって、みんなと仲良くなれて…昨日は楽しみで眠れなかったくらいです!それも全員揃って迎えてもらえて…俺、ヴァルトに越してきて良かったって思ってます…今日はありがとうございました、これからも宜しくお願いします」 ペコリとお辞儀する笑武に葵を除く住人達と蓮牙から拍手が送られる。 「笑武君、ありがとうございます」 「ふふッ、こちらこそ宜しくお願いしますね」 「では、これで今日の交流会は解散します!次回はクリスマスと忘年会を兼ねて予定しています、参加できる方は交換用のプレゼントを持参してください」 「プレゼントの予算とか詳しい事はまた案内を入れておきますね、お疲れ様でした」 主催者2人の解散の挨拶で席を立つ住人達。笑武はいち早く席を立った葵の元に駆けつけた。 「葵さん!」 「……今度は何だ」 苛ついた様子で振り返る葵の前に紙袋を差し出す笑武。葵に関しては今まで交流会に来たことが無いとは聞いていたが、不審者事件を通して顔見知りになれた事で微かな期待を込めて最後の一つであるタオルを持参していたのだ。 「これ、葵さんの分です…葵さんの意思じゃないかもしれないけど、来てくれてありがとうございました」  「前に要らないと言った筈だ」 「でも、今日はちゃんと顔を合わせて渡せるチャンスだったから…」 「引くほど諦めの悪い奴だな…分かった、受け取る」 「あ、ありがとうございます…」 「いいか、相手をするのは今日だけだ…明日からは話しかけてくるな」 笑武からタオルを受け取って、透流に上着を掛けてもらうと足早に店を出て行く葵。 「ははっ、気長に付き合ってあげて…それじゃ」 葵を追って透流も急ぎ目に店を後にする。 「勇大君、蓮牙ちゃん、ご馳走さま~!美味しかったわぁ」 一方のんびりと厨房を覗き込んで挨拶する律紀の隣で花結が無言で会釈した。 「楽しめた?」 「すっごく!ね?花結ちゃん」 「…まあ、良い時間でした」 「お前らか…ヴァルトは近いが、気をつけて帰れ…戸締りを忘れるな」 「はーい」 律紀と花結を相手にすると、まるで家族を送り出す父親のようになる勇大。いつもより表情が柔らかく見える。 「笑武!タオル渡せたじゃん」 「うん、ありがとう沙希さん」 「あはっ、食料も確保できたし!楽しかったな!玲司、帰ろ!」 「ちょっと待て沙希、ほら…これ着ろ」 薄着で出てきた沙希に自分の上着を貸す玲司。 「すぐそこだし、平気だって」 「沙希ちゃん、それなら俺がコートに入れてあげようか?」 「ゔわッ、やっぱ玲司の上着貸して!じゃあな笑武!お疲れ!」 善に捕まりかけて沙希は玲司から受け取った上着を着込むと、逃げるように出て行った。 「善、沙希に逃げられたからって笑武をコートに仕舞い込むんじゃねえぞ」 「ダメ?」 「笑武、この送り狼には気を付けろよ…おやすみ」 「あはは…俺は上着あるから大丈夫だよ、おやすみなさい」 「梶本、ご馳走さん」 「ああ、早く行ってやれ…外が喧しいぞ」 裏口の向こうから沙希の「寒い!」を連発する声が聞こえる。 「笑武ちゃん、ヴァルトまでデートしようか」 「またアストさんに怒られますよ」 「ええ、今から蹴り飛ばそうと思っていた所です」 「ふふっ、みんなで仲良く帰りましょう?」 「そ、そうですね!」 「あと笑武くん、これ…透流くんの名刺です、Web店の情報と連絡先が書いてあるので渡しておきますね…安心してください、配っていいと言われています」 「わ!透流さんのブランドロゴだ…名刺までオシャレだなぁ、ありがとうございます!」 「ただ、返信はあまり期待しない方が良いと思います、透流くんは急用以外は会った時に返事をくれる感じなので…何気ない日常会話を送っても、一言二言が返って来れば良い方です」 「わかりました、余計な連絡はしないようにします」 「うちのシェフの連絡先は、これだよー」 蓮牙がメモにペンでサラサラと勇大の電話番号を書いて笑武に渡す。 「え!いいんですか!」 「うん、シェフは教えたくても自分の携帯番号が分からなくてガラケーと睨めっこしてたから俺が代わりに教えておくねって話になったんだ」 「梶本さん…」 「顔は怖いけど、知れば知るほど面白いでしょ?うちのシェフ」 「あの、俺の番号も教えておくので登録してあげてください!」 「あはは!了解」 メモに自分の携帯番号を書く笑武。その時、いきなり椅子の倒れる音がして一同が振り向いた。 「す、すみません!椅子を元の位置に戻しておこうと思ったら躓いてしまって」 「大丈夫ですか!朔未さん!」 倒れた椅子の隣で座り込んでいる朔未にすぐさま駆け寄るアスト。 「ほら言っただろ、朔未はお手伝い禁止!怪我してない?」 蓮牙も口では揶揄いながら心配そうに歩み寄ってきて朔未の近くに屈んだ。 「ええ…かえって仕事を増やしてしまいましたね」 「僕も気付いて手伝うべきでした、すみません」 「君らは客!こっからの片付けは俺とシェフのお仕事!OK?」 蓮牙が差し出した手を借りて立ち上がる朔未。 「はい…すみませんが、お願いします」 「朔未?どうかしたのか…」 見慣れた微笑みに疲労の色を見つけて蓮牙は眉を顰めた。 「うわ!善さん!急に何ですかっ」 突然、善に片腕で腰を引き寄せられて慌てふためく笑武。その悲鳴で朔未から周りの気が逸れた。 「外は寒いらしいから、笑武ちゃんにくっ付いてて欲しくて」 「俺をカイロ代わりにしようとしないでください」 「はぁ…まったく!少し目を離すとコレです!善!やめなさい!」 「ふふっ、それじゃあ蓮牙くん…俺たち帰りますね、おやすみなさい」 「…あ、ああ…気をつけてな、おやすみ」 4人が出て行った後、洗い物を終えた勇大が交流会用に動かしたテーブルや椅子の位置を戻す蓮牙の手伝いに加わる。朔未が躓いたあたりの床もチェックしているが、特に傷みや滑りはない。 「…床は特に問題はないな、一体何に躓いたんだ?」 「ああ、朔未は何もない所でも躓くんだよ、ああ見えてドジっ子なとこあるから」 「…身内みたいなもんとは言え、客だからな」 「大丈夫だよ、たまーに歩きたての小さい子が転ぶ事はあるけど、大人で転ぶの朔未くらいだから」 「…そうか」 「あ!シェフ!携帯貸して!笑武君の番号登録してあげるから」 「む…頼む」 「いい加減、スマホにしたら?」 こうして笑武の歓迎会は終会した。持ち帰った料理を冷蔵庫に入れて一息ついた笑武はソファに腰掛けてお気に入りのクッションを抱えた。 「俺も…いつか兄さんに自慢話できる日が来るのかな」 歓迎会を思い出して嬉しそうに笑う笑武。その隣の部屋で、一緒に帰宅した朔未がベッドまで辿り着けずに玄関口で倒れ込んで眠ってしまっていることなど、知る由もなかった。 朔未の近くに転がるスマホには多くのメッセージ通知を知らせるバッジ。その数は、夜通し増えていった。

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