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第3話

中学生になってから、急にモテるようになった。 ぐんと身長が伸びたせいか、バスケの試合で活躍していたせいか 今まで見向きもされなかった練習試合でも女子の応援が増え、他校の女子から告白をされる機会も増えていた。 小学校の時とは明らかに勝手が違い、どういう態度で接すればいいのか分からない。 そんな時、告白された話をヒナに相談すると、途端に不機嫌になる。 最初はモテ自慢だと誤解されているのかと思っていたが、その不機嫌のポイントは女の子だけではない。 男と話していても、急に冷たい態度をとられて困惑した。 でも、それがヤキモチなのではないのかと気がつくと…… なんだか嬉しくなった。 俺がモテればモテるだけヒナの注目を引くことが出来て、追いかけてくれることが嬉しい。 男相手に気持ち悪いという感情はまるでなく むしろ、ヒナの特別になれたことで有頂天になった。 周りが成長期を迎え、だんだん男らしく成長していく中で ヒナはひとり取り残されたように、身長が伸び悩んでいた。 元々小柄だったから、男の輪にいると余計に映える。 可愛いという表現が自然と使われるようになり、じゃれあいという名のスキンシップもそれに従い激しくなる。 ヒナも嫌がっているようには見えないが、際どいところを触られているのがやけに目立つ。 あんなに嫌がっていた下ネタもいつの間にか上手くかわせるようになり 尻や性器を揉まれても、平然としている。 ――なんか嫌、かも……。 ヒナが気にしていないのだから、俺が気にするのもおかしい。 おかしいけれど、嫌なものは嫌だ。 誰かに笑顔を見せるのも、誰かとじゃれあうのも…… 俺以外の奴を見ることすら、なんだか苛立つ。 反抗期で苛立っているだけかも…… という淡い期待。 流石に長くつるんでいるからと言っても、性別上男のヒナ相手にどうこうは流石に考えられない。 まず、女の子とヒナを並べること自体、普通に考えておかしい。 でも、そのことすら、あの時の俺は気づけていなかった。 女の子と親しくすればヒナが追いかけてくれるから、女の子には特別優しくして。 笑顔を見せると嬉しそうに笑ってくれるから、なるべく笑顔を心掛けて。 ヒナが好きだった俺は、本当の俺ではない。 ヒナが愛してくれたのは、虚像の俺。 だけど、それでよかった。 ヒナが憧れてくれるなら…… ヒナが好きでいてくれるなら…… 本当の自分なんてどこかに置き忘れ、俺はヒナが好きな俺になろうとしていた。 だから……だろうか、今のこの虚無感は。 アイデンティティを大きく揺さぶられ、虚像だった俺が壊れていく。 こんなに弱い人間だとは、自分でも気がつかなかった。 こんなに支えられていたなんて、いなくなるまで知らなかった。 当たり前だった毎日を繰り返す中で、俺の中のヒナの存在は日に日に大きく成長していった。 *** 相葉とは、中学で初めて出会った。 初めから、同級生とは思えないほど大人びていて 先生からも一目置かれているというか、怖がられているというか…… 勉強はすごく出来るけど、いわゆる優等生タイプとは毛色が異なる。 誰かと会話を交わす姿は見たことがなく、いつも1人で過ごしていた。 その姿はハブられているというより、こちらがハブられているのではないかと疑うほど堂々として見えて。 小柄なヒナよりもさらに小柄なのに、可愛さとは無縁だった。 目つきがきつい印象で、周りにまとう空気も重い。 クラスメイトってだけで特に関わりはなかったけれど、ヒナに対する態度が癇に障った。 じっと監視するような目でヒナを見て、全てを曝け出そうとするような鋭さが嫌いだった。 ヒナは最初から相葉を怖がっていたようだけど、俺はそんなヒナよりも相葉が嫌いだった。 ――なんか、気に入らない。 喋ったこともない相手をここまで嫌いになるのは初めてで むしろ、なんでこんなに嫌いなのか自分でも理解できなかった。 でも、今なら分かる。 ――ただ、獲られそうで怖かった。 肉食獣のような目つきで、ヒナを捕らえるのが怖かった。 その恐怖を嫌いという言葉に置き換えて、俺はヒナから相葉を遠ざけようと努力した。 ヒナが苦手だから、俺が守ってやってるという大義名分を掲げ 本当はただの嫉妬を捻じ曲げて、王子様気取りで馬鹿みたいだ。 でも、あの時の俺はそんなことにも気づけていない。 相葉も俺を嫌っているのは見え見えで、事あるごとに喧嘩を吹っかけてくる。 だから、俺もその誘いには常に乗ることにしていた。 *** 目の前にある、丸くなった背中。 少し目を細めて、またあの几帳面な字でノートをとっているんだろうか? 顔が見えないのがつまらないが、ヒナの背中をいくらでも見られる特等席。 さらさらの綺麗な黒髪が、太陽の光りで輝いている。 気持ちのいい風に乗って、ヒナの匂いが鼻先をくすぐる。 ――今日も、いい匂い。 運動部の汗臭さに慣れているせいか、ヒナの匂いは特別いい匂いに感じる。 女の子の甘ったるい匂いとは違って、清潔感がある中で安心できるような心地よさ。 思わず、首筋に鼻をくっつけたくなるような…… そんな香り。 綺麗な背骨と肩甲骨。 ごつごつとした骨が、シャツの上からでもよく分かる。 いつもくっきりと見える肩甲骨が、猫背のせいで隠れているのが悔やまれる。 背中からさらに視線を下げると、きゅっと締まったウエストライン。 さらに下に視線を下ろすと、カタチのいい小ぶりの尻。 そこに視線を向けていると、刺すような視線を感じた。 「またか」とうんざりしながら視線を向けると、相葉がこちらをじっと睨むように見つめていた。 これで何度目かと思いながら、お互い視線ががっつり重なる。 お互い決して逸らすことはなく、逸らしたら負ける気がして瞬きすら控えめに。 ――なに、見てんだよ? たっぷりの悪意を瞳に乗せて、嫌味な笑顔を顔に張り付ける。 でも、そんなに見たいなら、たっぷり見せつけてやる。 ペン先で丸い背中を軽く叩くと、小さな方がびくりと跳ねる。 その姿に笑いながらもう一度叩くと…… 俺たちの無声の戦いなんて全く気がつかない無垢な顔で、ヒナが迷惑そうに振り向いた。 「砂羽、くすぐったいって。」 「別にいいじゃん。」 そう言って今度は耳たぶを引っ張ると、身体を捩ってふにゃんと微笑む。 ――やっぱり、可愛い。 その姿に癒されていると、ヒナの表情が固まった。 ヒナはなぜか相葉と目があうと、いつも怯えた子猫のような表情をする。 肉食獣と草食獣。 力の差は明白で、おどおどしながら前を向いてしまった。 ――あー、せっかくの俺の癒しタイムがぁ……。 そう思いながら振り返ると、素知らぬ顔でノートをとっていた。 ――マジで、こいつ嫌い。 改めてそう確認しながら、仕方なく机に顔を埋めた。

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