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終章【選択・壱】理想の結②

「太宰!」 「ッ!!」  心が彼方の世界に行ってしまう其の瞬間、太宰は引き戻された。  背後から太宰を抱き寄せる力強い腕。目許は其の人物の手により覆われ、真っ暗な視界の中涙だけが零れ続ける。 「……国、木田君……早く、与謝野先生、を……」  吸い込む酸素と吐き出す二酸化炭素の量が合わない。吸っても吸っても肺に酸素が入っていかない感覚。扶けを求め身を抱える国木田独歩の腕に爪を立てる。  堪えるように、搾り出すように国木田は太宰の耳許で囁く。 「……与謝野先生でも、死人は治せない」 「やめて……」  太宰の呼吸が落ち着く迄、国木田はじっと太宰を抱き締め続けた。  江戸川乱歩の【超推理】によって海岸へと集まった探偵社員。其の中には勿論中島敦の姿も在った。  ――此れが太宰の選んだ一つの選択の結果。  敦に掛ける言葉が見付かる訳も無く、離れた距離で砂利の上に膝を着き頭を垂れる。 「……御免なさい、御免なさい太宰さん……」  唯、謝る事しか出来なかった。  小さな嗚咽を掻き消すように大きな波音が寄せて返してを繰り返す。 「太宰……太宰、ッ……」  こんな結末を望んだ訳では無かった。死に嫌われた太宰は代わりに一番大切な存在を永遠に奪われた。  脳に酸素が行き渡らず、眠る様に意識を手放した太宰は国木田らの手によって運ばれた。勿論、中也も。  ――心は此処に置いていく。確かに君を愛した証だから。  其の後の事は何も知らされず、半月程療養した後太宰は職務に復帰した。傍らにはいつも国木田が寄り添い、復帰する頃には普段通り冗談を云い笑える程に回復していた。  国木田が責任を感じない訳が無かった。其れは償いの心算だったのか、予定通りに行動する事に生き甲斐を覚えていた国木田が其の予定を崩してでも献身的に太宰に尽くした。  『共犯』といえば聞こえは善いが、太宰が失った物は国木田には計り知れない。今後の予定を凡て反故にしてでも太宰の傍で太宰を護り続けたいと国木田は願った。  其の想いを無碍に出来なかったのか、残りの人生等如何でも善くなったのか、太宰は国木田を拒絶しなかった。 「太宰、今日は外だぞ」 「解った、今支度をするよ」  一見すれば其れはとても甲斐甲斐しく、然し探偵社の誰もが凡ての事情を知っていた。 「あ、あのっ、太宰さん!」  今迄ならば太宰と行動を共にするのは後輩である敦の役割だった。太宰の隣に国木田が居る今、其れが出来ない敦は出掛ける直前の太宰へ席を立って声を掛ける。 「あの、えっと……お気を付けて」 「有り難う、行って来るよ」  太宰は薄く笑みを浮かべて出て行く。扉の外で待っていた国木田と肩を並べて歩き出す。国木田は決して敦に対し牽制をする事は無かった。敦は少しずつでも今迄の信頼を取り戻したいと願い、其れを阻害する必要は無かった。太宰の中にはあれからずっと唯一人の存在があり、決して一番になれない事を国木田は解っていた。

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